rakuishi.com

2008 → 2011

かつての私は頻繁に日記を書いていた。以下の 8 万字弱ほどの文章は、高専 4, 5 年生、大学 3 年の時期に忍者ホームページで運営していた個人サイトの日記である。ここにある日記は 2008/01/01 から始まり 2011/03/06 で終わる。掲載順は地層のように上から新しい順で並ぶように書かれている。

バズるなんて概念がなかった当時、私のホームページを訪れるには相互リンクをたどるしかなかった。だから決して薔薇色ではなく灰色の生活を見知らぬ誰かに届けばいいなとボトルメールを流すような気持ちで日記を書いていた。

具体的な出来事を抽象的に変換した仄語らい、日々の唯ぼんやりとした不安の言語化、読んだ小説や観た映画、聴いていたラジオに影響された文章の羅列。そこには再生力に満ちた傷が並んでいる。また、精神性は変わっていないと断言できるものの、当時の私は今よりも角ばっていたと思う。

読み返してみると分かるが、過去の僕も今の私も何度もなんども同じ問いを違った言葉で考えている。ここにある日記でも引用されているが、まさに次の言葉が総括するのに相応しいだろう。

「貴女が生きてこられたのはね、その整理をさき延ばしにしたからなのよ」(四季 秋

2011/03/06

最近の精神安定剤として多大なる効果を発揮するのが、部屋の整理及び掃除である。部屋に差し込む陽光が「春はここだよ」と肌をむず痒く焦がし、四月に進級することもあり、変温動物のガラパゴスゾウガメのように重たい腰を上げるに至った。冬は、小生にとって実に退屈な日々であった。部屋の外に出るという選択肢が基本的に消滅しており、それにより趣味と呼べる三分の二が失われていたのだ。工作の趣味を持たない小生は、ゲームや小説という仮想空間上に籠城するしかなく、幻想から目覚めたときの現実との違いに涙を流すのだった。部屋で出来る面白みのある趣味を開発したいが、マイナス二十度でかちんこちんに凍らされていた小生のおつむでは考えつかなかった。それに比べ、春及び夏は行動範囲がぐんと広がる。暖かいときに出来るひとに話せば笑われるような趣味を頻繁に行うために、現在の小生は放浪息子中である。それを実行するためにアルバイトをせねばならぬのだ。人生は、まだまだ面白いことがらに満ち満ちているのを実感する次第だ(春夏秋限定フルーツパフェ)。話しが工藤選手の投げるカーブボールの如く大きく逸脱した。部屋の整理及び掃除の話題で奇しく小生が打鍵しているのだ(普段は課題かチャットのときのみだ)。部屋の使わないものを廃棄することの面白さについて語ろう。まず、今すぐにでも世界の果てまで行けるような錯覚に陥ることだ。これは必要最低限なものが見えてくることに起因しているかもしれないし、去年にパスポートとチケットと身ひとつで常夏の国に出掛けたせいかも知れない。次に、垢を擦るように無駄なものが削がれていく感じだ。中学生の技術の時間に、与えられた木材をやすり掛けでぴかぴかにするのと同じ感覚を味わえる(これを趣味に加えるのも手だ)。さらに、まるで新しい自分に出会えたかのように錯覚出来るのが大きいのだ。手足に嵌めていたウエイトを外すかのように、あるいは浜辺を裸で走り回れるかのような愉快で愉悦な気分にトリップ出来る。これは、精神状態を改善する大きな要因となる。掃除するのも自分をリセットしたかのように思え、いとおかしなんである。自分の話しに戻るが、春休みのうちに何処かに旅行に行くことを計画している。ひとに内緒にして出掛けるのは、なんだか小学生の頃に少し悪いようなことをしているようなどきどきの気分を味わえる。素敵に詩的な夢から目覚めて直ぐに、お気に入りの音楽を流しながら寝ぼけ眼で固い文体でここまで羅列してみた。そろそろ日が一番高くなる時刻である。書も電子計算機もバッド・フィーリングも放り投げ、歌えない歌を口ずさみながら街へ繰りだすとしよう。

2011/02/11

小鳥が死んでいた。命の灯火がふっと消されたみたいに、固く凍えるアスファルトの上でただ横たわっている。そっと手にとると、空気を溜めこむ羽毛がとても暖かく、とても死んでいるようには思えなかった。手のひらで包めるほど小柄で、角度によって煌くエメラルドグリーンが美しく、塩を摘んだようにツンとした嘴を持っていた。名前が思い出せそうな気がしたけれど、思い出すのを諦めた。名前はあんまり重要じゃないから。天気は晴れ、風は強し。けれど先週とは違い春の匂いがどこかした。僕はお疲れ様と呟く。この不条理な世界での勤めを終えた、という意味の。春を待ち焦がれている土を手頃な大きさの石で掘る。その名も知らない鳥のための棺桶。そっと小鳥を置くと、ふかふかの土をその上に被せた。スコップ代わりの石を墓石に見立てる。ぱん。もう一度、お勤めご苦労様。君はどこで生まれ、どんなことを考えたのだろう?死を見るときの僕は優しくなる。それは新しい暖かな季節を迎える気持ちと同じだ。季節は今日も残酷なほど優しく回る。最近、日が伸びた。まだまだ日々は寒いけれど。ホント、何で生まれたのか分からないよね。昔よりも、命削るほど深刻にこの疑問に取り組まなくなったが、頻繁には思う。そういう疑問をぱくぱくと食べながら、人間は生きるべきだ。とりあえず、僕は生まれてセックスして死ぬのだけはなんだか嫌だ。なんだか神様にイチからジュウまで操られている感じがするから。そこに何か付加価値を付けたい。きっと死ぬまで考える。その疑問を。哲学者でも分からない。きっと誰にも分からない。その大切な疑問をそっと抱いたまま、僕は春の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。さようなら、また夢で逢いましょう。

2010/12/01

幼い頃ほど、世界でこれを知っているのは自分だけだという感情が、僕を突き動かしていた。しかし、大人にそれを話してみると、そんなの当たり前じゃんという言葉が決まって返ってくる。そうして特別なことが普通に変わる。気付くと僕の身の回りには普通が堆積していた。どこかに特別があるはずだと執念深く探してみても見知った顔が覗くばかりだった。今夏は、こうした特別を探すために、今までの人生で無視してきた選択肢を選んでみたが、結局はどれも鈍い光を放つばかりだった。僕はもう一度、あの世界を見てみたいと願う。未到達の山頂から世界を見下ろす優越感を味わいたいと切に願う。この感触にもう一度触れるために、僕はどうしたらいいのだろうと腕を組んでいると、もう研究しかないのではと閃いた。暗記ばかりでまるで興味の持てない勉強は、小学校から大学まで同じように続いているけれど、大学の先生方は僕の知らない世界を確実に知っているような気がする。ああ、この人たちはあの世界を見たことがあるんだなと。だから、天才じゃない僕はその人たちの歩んだ道を歩いてみようと思う。そこから自分だけ知っている未開発の山道を見つけれたら大万歳だ。だから、まだまだ死ぬのは早過ぎだと自分にエール。

2010/09/02

自分でも驚くべき傾向であるが、いわゆる哲学病(世界の真理を思考し精神が病むこと)から治癒しつつある。現在は、これからの人生をどう生きるべきかに脳味噌の大部分を働かせていると謳いつつ、ビーバのようにひたすら親の脛を齧り続ける日々である。夏期休暇の前半に興味深い人たちと出会ったことから、将来の選択肢というものが増えつつあるのを実感している。"完全自殺マニュアル"には、どうしようもなくなったら自殺出来る薬を肌身放さず持っておくことでその人生を豊かにおくれると書いてあった。今の僕もある意味その状態に近似していると言える。無敵モードである。青春と呼べる大部分を精神を病みながら、世の無意味さを自殺せずにしっかりと髄の髄まで嘗め回した経験が、確実に僕の生を繋いでいる。

2010/08/12

一人でいることが好きだ。特に休日は、他人の干渉をあまり受けたいとは思わない。僕は、積極的に他人と絡んだり絡もうとする発想が皆無だ。もちろん、誘われれば行ってもいいかなと思うけれど。しかし、そんな僕が一夏のサークル活動に興じようというのだから、どこかしら矛盾している。その活動に興味があるという点を差し引いて、この行動原理を言葉を尽くして説明するならば、団体行動という普段とは違う環境に自分を置くことで、このどうしようもない性格を矯正しようという試みだと思う。けれど、蛇蝎の如く嫌っているこの性格は、どこかしら自分にとって履き慣れた靴のように心地よいものだ。だから、そういう活動を体験した後に、やっぱり僕はこの性格がすごく好きなんだと強く実感する。ここまで分析しておいて、わざわざサークル活動に参加するのだから、僕は学習能力のない阿呆なのだろうけれど、やっぱりその活動で言葉で表せない何かを得ることができるのではと微かに期待している。

2010/07/28

連日、太陽が元気だったが(太陽はいつもそうだが)、久方振りに曇り。かなり涼しく感じる。雨が恋しいと一秒程度思ったら、明日は雨の予報。情報は天気サイトからだ。テレビも新聞もニュースサイトも見ないが、ぼくにはほとんど影響がない。しかし、学食で垂れ流しのテレビ放送を見るまで、総理大臣が替わっていることに気付かなかったのは、自分でもどうかと思う。今日、情報系が唯一の講義だった。プログラミングは、自分の頭の回転率に挑戦できるようで楽しい。運動と違い汗をかかないで挑戦できる所が、個人的にグッドだ。友人にノートをコピーしたいと言われ、仕方なく三冊も貸した。ノートをコピーする行為は、時間を盗むという行為に限りなく等しいと思う。純粋に腹が立った。彼が友人であることのメリットとぼくの精神衛生を一秒程度天秤に掛ける。昼休みに、サークルの集まりがあったようだ。大学生になったのだからという理由で今まで参加していたが、やはり自分には向かないなと再認識。集団行動が嫌いな理由を考えながら、帰路についた。昼寝して、少し勉強して、少し小説を読んで、少しギターをかき鳴らす。ここにもう少し寄り道の趣味を加えたい。工作と絵描き方面にアンテナ受信中。夕涼みに書店でそういう雑誌でも手に取ってみようかと思案。お腹の調子が少し悪いので夕飯を抜いた。試験直前だが、範囲の全体像を俯瞰して大体理解したから、後は暗記だ。だから今一やる気が湧かない。今日は、日記風に記述してみた。こういうのを書くのは何ヶ月振りだろう。しかし、このサイトも息が長い。

2010/07/27

「空は綺麗」だなんて、思えなかった。股の間から真っ逆様から見た深淵で蒼茫たる大空が、僕の空に対する原初記憶だ。僕を大地から引きずり落とそうとするそれは、ただ単純に恐怖の対象でしかなかった。なのに、大人は「空が綺麗だね」と僕に押し付けた。僕にはそれが奇妙に聞こえたものだ。思えば、何かにつけ大人は子供を無理無体にある方向へ導こうとする。子供が素直に思う感情を殺し、別の感情を植え付ける行為は、暴力に近いものではないかと思う。確かに、他の人が抱く感情を知ることは、世渡りを巧みに出来るかも知れないが、それは成長の過程でいずれ分かることだ。こういう大人の悪意の無い一言が、完全に個性を抹殺させている。そういえば、同様に夜空も怖かった。元来、夜行性でない人間という動物は夜は怖いとプログラミングされているし、輝く星は、真黒な画用紙に空いた穴から見つめられているようだった。それが何故、今は空が綺麗だなんて思うようになったのだろう。不思議でたまらない。

2010/07/21

諸君、私は断じて歩く百科事典になりたい訳ではないのだ(百科事典は鍋置、鈍器、分銅、枕、本立に使えるが今はそういう比喩で使用していない)。だのに、試験勉強は何かに付け、私に暗記を要求するんである。世界中の国旗と国名を覚えているという少年が度々散見される。話題性としては面白いかも知れないけれど、それを受け、実際にわざわざ暗記する気概のある人はまずいないだろうし、覚えていることを自慢する人間とは友達になりたくないし、そんな人はまず僕と友達にならないだろう。これより分かるように、僕には友達が少ない。ということではなく、社会では暗記能力がある人間が必ずしも優れていると評価されないのだ。人間の真の能力とは、暗記することではない(そんなものハードディスクに書き込んでおけば良い)。走っても生まれたての子鹿に負ける。ウミイグアナほど潜水できない。ジャンプ力はノミにも劣るだろう。このことから私の運動能力は大したものではなく、決して威張れるものではないことが分かる。複雑な計算もプログラムを記述すれば、解けるだろう。つまり、プログラムを記述する能力、言い換えれば問題を考える能力こそが人間が持つ最大の能力だ。話が長くなったが、こういう理由で私は暗記したくないのだ。記憶するのは人間にそぐわない(もちろん人間には私を含む)。そもそも、今日食べた朝ご飯も、履いているパンツが何日洗っていないのかも、トイレの後に手を洗ったのかも忘れる始末の私である。こういう海馬が欠けた人間に(常識も欠けているかも知れない)、中国語のピンインとか微生物の複雑なあれこれを詰め込もうとするのが、人間の風上にも置けない(人間には私を含まない)。そんなことをアレコレと考え、記憶のゴールデンタイムをみすみすミスする私である。諸君、やはり私は百科事典になりたい。

2010/07/13

耳障りなノイズとともに僕の腕に腹を空かせた蚊が飛んできた。皮膚に口先を突き刺し、ごきゅんごきゅんという効果音が似合うぐらい豪快に、鮮血を吸い取っていく。やがて口先を抜き取り、体重よりも重そうなお腹を抱えた状態で飛び立とうともたついている間に、僕は蚊を叩いて殺した。腕に止まった瞬間に殺しても良かったのに、あるいは満腹になり僕に害を与えない存在になった蚊を殺さなくても良かったのに。この僕の行動に、特に理由はなかった。否、あったと思うけれど言語として表現するのは難しい。理由なんてそんなものだ。食欲、性欲、睡眠欲などに結び付かないものは、ほとんどが言語伝達が難しく、さらにそれらの欲に関しても深く考えていくと言語という域を超える問題になる。人は他人に何かと理由を求め、ほとんどを言葉で理解しようとする。だから理由のない行動を不安に感じる。そういう社会で「理由なんてない」と言ってしまうとそれだけで異常だと判断されるから、それらしい理由で正常に見えるように振る舞わないといけない。

2010/07/07

人は変われる。なんて見聞きする度に吐き気がするほど嫌悪して、無視してたけどさ、実際そういうこともあるんだね。何かが腹にすとんと落ち、リアルな現実と虚構な現実のバランスがとれた気がする。長年の問いに折り合いが付いた感じだ。じゃあ、そういう前提でさ、取りあえず生きてみようってね。確かに、僕の気の持ちようが変わった程度じゃ、仕様も無いぐらいに生きているのは無意味で、死ぬのも無意味だけど。でもね、だからこそ、取りあえず生きてみようとよく分からないなりに思った。もちろん、今まで生きてきたんだけどさ。人が聞けば笑うような腐ったもんだったかもしんないけど、それは今の僕が在るために必要な過程だった。人生は要約すれば、そりゃ生きて死ぬに纏められるけれど、やっぱ僕にとってはそのディテールが大事な訳で。また哲学病みたいなものに、どっぷりはまっちまうかも知れないけれど、そん時はとことん悩もう。泡沫で烏羽玉の夢の中で、オプティミズムとペシミズムで一緒くた。今の僕には、意味なんていらない。

2010/06/24

僕は、僕と関わった人の癖を継承してきた。彼らの癖が僕の奥深くに浸透し、その振る舞いをする度に、否応なく幼い姿のままの彼らを懐古する。僕の癖は大多数のそれに埋もれ、オリジナルの癖はどこに仕舞ったのか忘れてしまった。時を経るに連れの生物濃縮のようである。ここで言う癖は、ある人にしか見られない挙動のことと定義しよう。染み付いた癖というのは、自身では中々に自覚しにくいが、周囲の環境が変わる事でその一部分を自覚することが出来る。例えば、ある遊ぶグループの中心の人の癖というのは、周りの人に広まりやすいように思う。その結果、グループが変わった時、自分に染み付いたものがマイナだと知る。このように僕の中では、割と面白味がある観察対象だ。最近の僕のテーマは、より良い癖を取り入れるということだ。この人のこういう癖(仕草に近いかも)が私的に素敵だと思ったのは、自分に足りないものと思い、積極的に取り入れるようにしている。

2010/06/05

月の眩しい夜、煙草を吸いながら夜空を仰いだ。民家の瓦屋根が月光に照らされてぬらぬらと輝いていた。吹く風が日焼けの肌に気持ちよく、大気には春の空気と夏の予感が漂っていた。早朝の動画配信で宇宙に打ち上げられたロケットを見届けてから、空を見上げる度に思う。飛行機雲の映える青空にも、分厚い雲が街明かりを反射した夜空にも。地球の隣にある惑星なのに、半年間もの長い間、孤独に金星に向かう金星探査機のことを。宇宙に興味があり、科学雑誌で大雑把な宇宙の成り立ちのようなものを理解してるつもりだけれど、その知識は捕らえどころの無く実感の湧かないものだ。僕が闇く広がる宇宙のことに思いを馳せるのは、それは僕という生を問う行為に等しい気がして、何だか落ち着かなくなる。まだ一箱も消費していない煙草を吸う時にもそんな気持ちになる。吸わず嫌いをせずに一度吸ってみたが、赤く命を燃やすその姿を眺めることは、心を落ち着かなくさせる作用があることに驚く。その逃げ難い感情が煮詰まってくると、それは僕に生きている意味など無いんだよと語りかけてくれ、僕の心をすっと軽くさせる。まだ生きていけると僕に思わせる。不味い煙を吸い込み、吐き出す度に「馬鹿だなあ」と呟きながら、僕は火が消えるまで夜空を眺め続けた。

2010/05/24

実家から支給物資が届いた。貧窮問答歌を諳んじれる僕にとっては、戦場で困窮する兵士に送られる其れと同様の価値を持っており、大変有り難い代物である。空から落下傘を広げて舞い落ちた段ボール箱の奥底には、母親の愛情と共に、とある音楽アルバムが鎮座していた。その光学ディスクには、僕と同年で母校を等しくする彼らの楽曲が収められていた。僕は、他人に押し付けられたコンテンツを鑑賞するのは、毛嫌いしているので聴くことはしなかったが(恐らく似通った人間になるのが面白くないと感じているからだ。僕はマイナ指向であり、マイナ嗜好である)、手に取った時に、面識のある彼らのひとりが放った言葉を思い出した。「夢が無いなら、別に死んでもいいんじゃないですか」。ことあるごとにそういう言葉と記憶に触れ、僕は今の自分の在り方に涙が出る。

小さい頃に毎日まいにち聴いた「ピカピカまっさいチュウ」を二十歳になった僕が耳にした時、幼い姿のまま僕の脳裏に在る友人の癖を再生してしまった時、葉が散る光景から好きだった女の子と枯れ葉の舞う歩道を歩いたことを結び付けた時、死んだ猫の肉球の柔らかい感触を思い出した時、気付くと中学二年の時に学級で作詞・作曲した学級歌を口遊んでいた時、魂と心のずっと深い場所を軽く握られたように、胸の奥が微かに痛む。色んな感情と感傷の渦が襲いかかり、僕を生き辛く感じさせる。僕は、出会ってきたひとに適切な何かを与えられたのだろうか、と後悔に似た感情が激しく沸きあがる。悲しくて切なくて儚くて愛しくて。僕はその心の震えが凪ぐのをただ、歯を食いしばり泣かないようにじっと待つしかないことを、知っている。大人になるということは、この回避できない震えを上手く処理できるようになるということなのかと最近よく思う。

2010/05/15

私は救いようがないぐらいに視力が悪いのだ。視力検査の一番上のランドルト環が見えずに、汝自らを笑うほどである。世界の凡てが水中で目を見開くように網膜に映るのがデフォで、眼鏡を外した裸眼の状態で世界の凡てがクリアに映るのは私にとっては信じがたいことである。今でこそ落ち着いたが、幼少の頃の絶望感といったら言葉で説明し難いものがある。小学生低学年から二次関数的な視力低下曲線を描き始めたのだが、他人と違うということは幼心に多大にして莫大な損傷を与えた。さらに、両親から「目が悪いのはゲームのし過ぎだ」と、同級生からは「メガネザル」と迫害され、プールの授業は冗談なしに拷問だった。私は目が悪いことを呪い、枕を泪で濡らす日が長く続いた。当時の心境は、思い出すだけで発狂モノである。やがて私の弟がゲームをせずとも視力が落ちるという我が一族の呪われた血を証明したのを最後に落ち着いたが(両親も目が悪く、祖父母もまた然り)。それにしても私が子供を持つということは、私が辛酸を味わったあの苦しみを子供に継承することになる。これはどげんかせないかん問題であるが、そもそも私は自然界では子孫繁栄など考えるに至らない存在であることに思い至り、再び憂鬱になる。

2010/05/11

不思議にも朝型の人間になった。実家では吸血鬼ばりに夜行性の人間であったのにだ。それが今では朝日が昇ると目を覚ましてしまう。原因は三つほど考えられる。一、一人暮らしを始めた際に寝袋で数日間床に臥せていたのだが、異常に寒い四月という環境のため寝袋の保温効果が薄れ、朝早くに目覚めたことに因る習慣。二、便所とシャワーと洗濯機と乾燥機が共同のため早く起床しそれらを独占しようとする策略。三、実家では日当りが無い部屋で寝てたことに因る起床環境の変化。早起きになった結果、学校に行く準備をし終えた後には、かなりの暇がある。その暇で、読みかけの書物や柄にもなく英単語帳を紐解ける。深夜に同様の作業をすることに比べて、決まった予定が先にあるために、集中して取り組むことが出来る。朝起きは三文の徳とまではいかないが、一日を長く感じられるし、非常に良いものだと僕は思う。

2010/05/08

百円玉を握り締め、向かうは打席である。思えば先週、緑色の合成繊維で編まれた網に空いた空間から機械的に放たれる白球に打ち負かされた。攻撃側なのにである。小生の振ったバットは空を切り、白球が背後のゴム板を虚しく叩く音だけがバッティングセンタに響いた。だが、今日日の小生は先週とは違う。著名な野球漫画を紐解き学習したからだ。バットを短めに持ち、放たれる五十哩の白球をじっくり眺め、下半身がぶれないようにスイングすると、打ち返された白球は勢い良く緑色の網を叩いた。ピッチャー返しである。意識しながら腕を振ると面白いように白球は飛んでいった。ホームランと書かれた板の直ぐ傍を白球が叩きさえした。男子三日会わざれば刮目して見よという教えの通り、以前の屁たれ具合とは文字通り打って変わっていた。最早、球を打ち返すことが病み付きになったのであるが、左手の指の付け根の皮が剥がれたので切り上げた。バッティングセンタに通うことは小生の数多くある趣味のひとつになりそうである。

2010/05/07

大学への道程にはただ畑が広がり、遮るものがなく太平洋から流れ込む海風は、僕を飛ばそうと意地悪をする。まだ晴れの日は許容できるのだが、雨の日となると話は別である。生きている化石という名を冠するほどに進化も退化もしない傘を頼りにずんずん歩んでゆくと、体力持て余した風がビニールを膨らまし、傘は間違いなく 3D スティックへと変貌を遂げる。「諸行無常の響きなり!」とむせび泣きながら、傘の骨を元通りにしたところで、猫じゃらしへと何度も何度も飛び付く子猫のようにまたもビニールを膨らまし、3D スティックへと逆戻りを繰り返す。摩耗した 3D スティックで操作するキャラクタのように、思い通りの操作を受け付けず、自由気ままに骨を痛めた傘は、終いには修復不可能、不格好な生八角形を醸し出す。この地へ来てから既に一本駄目にしており、友人は傘の根元から壊れるという前代未聞の偉業を成し遂げたのが記憶に新しい。聞く所によるとこの地は、昔から傘の墓場と呼ばれるそうだ。傘の布に大きな目玉があり、傘の柄は裸足というあの陽気に妖気を垂れ流す妖怪がわらわら生息しているらしいのだ。確かに先月のボランティア部の活動中、側溝から拾い上げた傘は、耳障りに煩く泣き喚きながら、目玉をぐるぐるし、足をばたばたしていたような気がする。次の活動日にその真偽を明らかにするつもりだ。

2010/05/04

練炭自殺して幽霊となった僕は、自分の屍体を眺めていた。同じく心中した三人ほどの屍体が、病院の一室で清潔なシーツの上に寝転んでいた。慌ただしく医師が瞼を開き瞳孔を確認していた。その時、僕の屍体の横にいた男の屍体が苦しそうに呻いた。医師が駆けつけ、彼に蘇生措置を施すと、やがて彼は息を取り戻した。僕は死に続けていた。幽霊の僕は、後悔から来る念に襲われた。ずるいと思った。なんでお前だけが生きているんだ。「生きたい。死にたくない、生きたい!」と慟哭した。ふいに場面が切り替わる。そこは、生温い空気で淀んだ部屋。僕の下宿先だ。体中にびっしりと汗をかいていた。先ほどまでの映像が夢だったと認識するまでに、衝撃のあまり、かなりの時間がかかった。ボトルの水をコップに移し、それを飲み干した。生きてて良かったと僕は呟いた。それが僕の素直な答えなんだろう。窓を放つと、雀の啼き声が聞こえた。空は青く澄んでいる。早朝の綺麗な空気が気持ちいい。さて、今日は何をしよう、と僕は思う。そうだ、自転車に乗って太平洋の大海原を見に行こう。陽気に歌でも歌いながら。そこには、生きている限り、生き続けようと、誓った僕がいた。

2010/05/02

某ラジオ番組に投稿した三題噺。ツアーボートではなく、スワンボートだったため、泣く泣く日記に貼付ける。

三題噺 "箱根" "ツアーボート" "もみあげ"

そのツアーボートに乗ったのは、 立派なもみあげの彼と、女性の二人だけだった。 春の陽気が体のしんに沁みこみ、 彼は久しぶりに開放的な気分を味わっていた。 船が押しのけた空気で、もみあげがふさふさと揺れる。 しかしそのもみあげは、地毛ではなく、つけもみあげであった。

冬も終わりに近付いたある日、 彼はつきあっていた彼女に、もみあげがうっとうしいと言われ、口論になり、 終いには別れを告げられた。 そのとき興奮した彼女の手にしたカミソリが、 彼自慢のもみあげを剃ったのが原因で、 彼はショックのあまりひきこもるようになった。

やっとのことでネット通販でつけもみあげを購入し、 わずかながら自信を取り戻した彼は、 気分転換に、箱根にある芦ノ湖に出かけ、 今、春の息吹がまぶしい山の稜線を眺めている。

そこに、春一番が吹いた。 心地よい気持ちが、暖かい風とともに体に訪れたのは一瞬のことで、 次の瞬間、彼は情けない叫び声をあげていた。 「ああー、俺のもみあげがー!」 風で剥がれたつけもみあげは、トビウオのように湖の上を滑空していった。

悲しみにくれる彼が、船内に向き直ると、 一緒に乗り合わせていた女性客がきょとんとしていた。 彼は、彼女から注がれる視線に、顔を真っ赤にし、小さくなった。

しかし、絶望にくれるその彼に、明るい声がなげかけられる。 「もみあげがなくても素敵ですよ」 彼が顔を上げると、目の前に女性客が立っていた。 「わたしは、もみあげがないあなたの方が素敵だと思います!」 拳を握りしめ、彼女は力説する。

必死に励まそうとしているのが、まるわかりだ。 けれど、だからこそ、そんな健気な彼女に、彼は背中を押される。 彼は心の底から勇気がわきあがってくるのを感じた。 そう、大丈夫。もみあげがなくても、立派に生きていける。不思議とそんな気がした。 彼女に感謝の意味を込めて、 彼女のことをもっと知りたくて、彼は言う。 「よろしかったら、船を降りた後、一緒に食事をしませんか?」

2010/04/25

「死にたい」と訴えるひとに「じゃあ、死ねば」は禁句である。これは意味がない呟きと思って頂けると、「死にたい」と頻繁に呟く僕は助かる(本当に死にたいひとには注意して欲しい)。生きているのに、死にたいと言う、この心境を喩えるならば、あちこちで飛び散る鉄片と飛び交う銃弾の中、匍匐前進で進む兵隊が、「もう戦争なんてしたくない」と言っているのと同じで、どうしようもなく状況を打破できない感じだ。

2010/04/19

暇になると、僕はなんで生きているんだろう、と脳裏に言葉が流れる。洗濯物も畳んだし、布団も干したし、掃除機もかけたし、家計簿も付けたし、LAN ケーブルを綺麗に這わせたし、自転車の空気も入れたし、ミステリー小説も読み終えたし、ギターも気が済むまで掻き鳴らしたし、ルービックキューブも六面揃えたし、視聴している今週のアニメとウェブラジオも見聞き終えたし、今日の分の英単語を覚えたし。「で?」と呟く。僕は次に何をするべきだろう。暇を潰す方法を考えるか?でも、それをし終えたときにまた「で?」と呟くだろう。結局のところ、仕事をしても、恋愛をしても、家庭を作っても、趣味を作っても、それはすべて「で?」のもとに消え去る。虚しさばかりが募る。綺麗だった桜の花びらは、汚くくすんで地に落ちている。枝から離れた瞬間に、あるいは地に落ちた瞬間に、美しいが汚いに変わる。不思議だと思う。儚いと思う。春は、何もかもが透明だ。

2010/04/18

雨音のノイズで目が覚めた。枕元の携帯電話は、午前二時を映しだしている。液晶の光が部屋の輪郭をぼんやり怪しく照らしだした。なんでこんな時間に起きたんだろう、と不思議に思う。携帯電話は節電モードになり、そして沈黙した。部屋の明るさがそれにつれて遷移していく様をただ眺めていた。終いには暗闇をただ見つめる。雨は、窓ガラスにフィルタリングされ静かに降り続けている。砂漠で降る雨はどんな音をしているんだろう、と疑問に思う。ふと夢の断片が映像として再生される。高層ビルが乱立する市街地に、巨大なマシュマロみたいな雲が無数に地上近くを浮遊しているのをただ眺めるだけの。夢を振り払い、昏い部屋をなめくじのように這いずり、部屋の隅にあるペットボトルの水を飲み干し、再び敷き布団に舞い戻る。眠るのは凄く気持ちいい。生きているご褒美だとすら思う。無意識である眠りが気持ちいいのは、死に近付くからなのだろうか。それとも脳を生かすために、気持ちいいと感じなければならないからだろうか。そんなどうでもいいようなことを頭の片隅で考えながら、雨音の中、僕は再び眠りに就く。

2010/04/11

六畳一間、台所・風呂・便所・洗濯機・乾燥機が共用の物件にて一人暮らしを始めた。唯一の所持品であった寝袋と自転車と着替だけを頼りに、過酷な冬を前に頬袋に木の実を詰め込むリスのごとく必要な物を買い揃える日々を過ごし、晴れて大学三年生に編入学した。親の不在で掃除・洗濯・食事が大変かと思われたが、元来僕は掃除を嗜好し、洗濯機と乾燥機が頑張るので僕は洗濯物を畳むだけでよく、食事は簡単に作れる麺料理をベースに、徒歩三十秒のスーパーの半額になった総菜と友人の炊いた米で生命を維持している。だから未だに、親に感謝の念を抱いておらず、親不孝な人間であると日々痛感している(金銭面では感謝しているが、それはわざわざ面倒にも僕を産んだ両親の望むべく出費であろう)。生意気な弟の所在から来るストレスが減り、実家暮らしよりむしろ健康的な生活を送っていると言える(体重が一キロ増えた)。相も変わらず、ことあるごとに、何で僕は生きているんだと思い煩うこともあるが、《愛を知る》この土地で僕は元気に生きている。

2010/04/04

三題噺 "散歩" "弟" "マナティ"

僕はその避暑地の湖を毎年訪れる。涼しい風に誘われて、豊かに水をたたえている湖を散歩していると、水の中から子供のマナティが話しかけてきた。「一緒に散歩をしませんか?」僕は「いいですよ」と答えた。僕は歩いて、彼は泳いで、その湖を並んで散歩した。色んな話をしあい、来年も会う約束をして、僕たちは別れた。それから夏になるたびに、僕はその湖を訪れ、一緒に散歩をした。まるで彼は僕にとって弟みたいな存在になった。しかし、ある年、「お別れを言わなければなりません」と彼は悲しそうに言った。理由を尋ねると、湖のそばで開発工事が行われているせいで、彼の食べる水草が減ってきたのだと言う。だから、引っ越ししなければならないそうだ。「さよなら」と彼が言った。「さよなら」と僕が言うと、彼は湖の出口の方に泳いでいき、やがて姿が見えなくなった。開発が終わり多くの観光客が訪れるようになったその湖を散歩するたびに、僕は彼と過ごした鮮やかな日々を思い出す。

2010/03/20

卒業式の後の二次会の帰り道には、笑った唇みたいに鋭い三日月が空に浮かんでいた。春の優しさを乗せた夜風が、僕を幸福な気持ちにする。あの煩わしく思えていた奴らもすべて許してしまえるほど、僕は機嫌が良かった。突然、僕の腕が引かれる。酒臭い中年男性から伸びた手が、僕を導く。僕が「事情を説明してください」と訊ねると、彼は「写真撮影係を探していたんだ」と答えた。酒屋の前に、陽気な中年グループが集合している。デジタルカメラを差し出され、受け取る。「名前は?」と聞かれ、警戒を解いた僕は素直に珍妙な苗字を教える。「いやあ、僕は写真部なんですよ!」なんて僕も陽気になりながら、腰を屈め、お決まりの言葉を合図に、シャッターを切る。感謝の言葉を受け取り、僕は再び三日月の夜を歩く。 僕はあの画像データがいつまで地球に残っているのか思う。液晶に映る彼らの姿は、どれぐらい生きているだろう。今日、愛すべき友人たちに撮られた僕の姿もどれぐらい生きているだろう。そんなことを考えながら、僕は変わりゆく季節を歩み続けた。さよならメモリーズ。

2010/03/02

夜の住宅街を散歩する。カーテンから優しく漏れる暖色と、鼻孔をくすぐるシャンプーの香りの間を縫って。春の愛情に満ちた空気を胸いっぱいに吸い込むとき、闇夜に薄く描かれた雲の間に、月明かりがこっそり隠れているのを見つけた。歩みを進めるごとに素敵な言葉が流れ出し、その言葉を咀嚼し、こくんと飲み込む。中学生の頃までは、夜歩くことに怖さや恐れを抱いていたが、今では履き慣れた靴のように心地よく夜が身体に染み込んでくる。その転機は、生きることにはあまり深い意味はないんだなと思ったときからだ。そのときの生に対する諦観や諦念が、僕と夜とを親密に結びつけたのだと思う。それから僕は、たまにパソコンを再起動させるように、夜を歩き、見つからない言葉と見つからない答えを探し求める。「宇宙の片隅でなにやっているんだろう、僕は」なんて呟きながら。

2010/02/26

子供を産むという行為は、どのような意味を持つのだろう。以前は、稼業や家の跡継・老後の面倒・野性的に子孫を残すためなどの理由があると思うが、現在では、親にとっての生き甲斐の獲得が主になると思う。それも子供がいる幸せな家庭を築きたいというイメージに強く縛られたものである。祖母に「あなたの両親とご先祖様に感謝なさい」と帰省するたびに言われるが、これこそ愚の骨頂である。自分たちの生き甲斐のために子供を産んだのに、子供に感謝されたいだと?違うだろう、親は子供に感謝するべきだ。もしくは、謝罪すべきだ。この地獄のような世界に産み落としてごめんなさいと。

2010/02/15

どんな人間でもその存在に唯一無二と呼ばれるものは、希薄だと断言できる。例えば、あなたが百年に一人の逸材だと評されても、その代わりの人間はいくらでもいるはずだ。あなたがいなくなったとしても、その空白に誰かがかならず埋まる。埋まらなかったとしても、時代が少しずれる程度の問題だ。確かに、あなたの両親と友人にとって、あなたは特別な存在であるかもしれないが、腹を痛めて生まれたのがたまたまあなただっただけで、クラスで話が合ったのがたまたまあなただっただけで、別にあなたでなくてもよかったわけだ。

2010/02/12

現実逃避は、現実から目を背ける行為ではなく、生きる意味を問わずに生きる行為のような気がする。

2010/02/07

春夏秋冬休むことなく練習に打ち込んできたのに、野球クラブに入部したばかりの人に若い背番号を取られた、と小学生の弟はわんわん泣いた。「分かるよ」と僕は思う。運動会では一生懸命走っても毎年七番の旗の後ろにぽつんと体操座りだったし、水泳記録会では対岸に触れ水から顔を出した時には誰も泳いでなかったし、集団競技では僕は居ても居なくても同じだった。小学校の成績は良かったけれど、所詮それは井の中の蛙だった。「高度経済成長」「バブル」は意味を持たない単語であり、毎年毎年「百年に一度の大不況」「就職氷河期」とブラウン管には映り、「ゆとり世代」だと叩かれる。それが心の原風景にあるのか、僕の性根は劣等感にまみれている。何事も上手くいった試しがなく、それ故に上手くいくことなんて夢にも思わないのだ。僕はずっとこういう性格のまま生きていくんだろうと思う。

2010/02/01

寝る前に目を閉じ、記憶を解放する。まぶたが眼球の網膜を刺激し、スクリーンセイバーのように展開する。それをずっと眺めていると、宇宙空間のような暗闇に、上も下も右も左もないようなところに、沈んでいくような、浮かんでいくような気持ちがする。この国のこの地球のこの銀河に芽生えた僕という人間は、一体全体何者なのだ。銀河の中にぽつんとある地球は、ただ原子の撹拌装置としての働きをし、地球の中にぽつんといる人間は、ただ原子の撹拌装置としての働きをする。この宇宙の原子撹拌装置にしか過ぎない僕たち。ふと怖くなり目を開けるとちゃんと身体の中に僕はある。宇宙を旅した僕が元の身体に戻れる奇跡。奇跡はありふれている。

2010/01/11

地元の小学校の人間は、中学校の友達の言葉を借りれば「人間が安定していなかった」と表現できる。8 割が就職し、1 割が家紋を背負った暴力団や極道の妻、そして僕を含む残りの人間が学生をしていた。仲が良かった友達は、学校の校門前で煙草を吸い、終いにはポイ捨てというザマである。 それに比べて、中学校の同窓会は良かった。「人間が安定していた」。それにしても 15 歳からの 5 年間は驚くほどに外見の変化が激しいものだと感じた。 僕を含む背が低かった男子は、8 割の確率で背が高かった人を抜かし、好きだった可愛い女の子は綺麗になり、話す時に視線を合わせづらかった。でも内面は皆変わっていなかった。僕も同じなんだろう。一年生の初日から積極的に僕に話しかけてくれた男子は、同じテンションで僕に接してくれ、悪友は 5 年前と外面も内面も何にも変わっておらず、それを皆からツッコまれ、腹部と太ももに強烈な拳と蹴りをくれる女子のノリは何だか懐かしく、親しくてエッチな女子は「で、ヤったの?」と悪戯な笑顔を浮かべながら耳元で囁いた。 家庭科教師は僕を渾名で呼んで「あんなにちっちゃかったのにね」と微笑み、恩師の「頑張れよ」という言葉と握った手の温かさに勇気づけられ、僕はまだ生きていけると思った。 帰り道、暗闇に落ちた町並みを同じ部活の友達と歩いた。 彼はからからと自転車を押しながら、僕はビンゴの景品の人形を片手にぶら下げながら。 まるで天体の運行みたいだと思う。孤独な宇宙空間で僕たちは偶然にも接近し、そして乖離する。わざわざ連絡を取ろうとは思わないけれど、出来るならもう一度会いたいそんな距離を保ちながら。 「じゃあ」と一言を交わし合い、バス停で僕たちは分かれた。 今まで生きていてよかったと素直に思える素敵な夜だった。

2010/01/05

もはや壊滅的で破滅的な記憶力と言わざるを得ないだろう。タイムカプセル開封と同窓会に臨む前に、卒業アルバムで小学校と中学校のクラスメイトの名前を記憶する必要があるのだから。さすがに仲が良かった友達の姓は思い出せるが、愛称は微妙、名となると絶望的である。 そんな具合だから、僕から見てその他大勢に区分される不幸な人は、姓も名も脳内データベースからサルベージ不能である。 それにしても当日はどんな顔をしていいか、炭酸飲料の爽快さほどさっぱり分からない。数年後の自分が何を考えているのか微塵も分からないように(数年前ですらそうだ)、彼らも何を考えているか粉灰も分からない。小学校は卒業してから 8 年、中学校は 5 年である。この僕もかなり変わったし、変わらざるを得なかった。 考えるほどに参加したくなくなるけれど、これまでの人生の総集編を殺して解して並べて揃えて晒しに行きますか。

2009/12/30

待つことに慣れている僕でさえ呆れた。 彼は自身が決めた約束の時間に現れず、僕の携帯電話に「多少遅れる」と連絡を入れてきた。教室の片隅に積まれた漫画誌で暇を潰し、時計の長針が一周回った頃、決定打とばかりに「後一時間はかかる」という一文と謝罪文が添えられたメールが届く。呆れた。もはや待つことに疲弊した僕は「有り得ん。もう帰るわ」と返信し、帰路に付く。 こういう行為を受け、彼を嫌わないほうが難しいものだ(僕から嫌われるために仕組んだものだとしたら上出来だ)。彼と今後も友達でいるべきか否かを天秤にかける。頻繁に待ち合わせに遅れ、無駄に軽い乱暴を加える常習犯である彼。後三ヶ月程度しか顔を合わせないんだし、現状維持でいいかな、と結論を出す。 失ったものは、三時間と往復の電車賃 520 円と彼への信用。得たものは、人生は初期条件が違う条件分岐ゲームだという発想。

2009/12/19

煙草を数本吸ってみた。何事もものは試しである。ニコチンの成分が少ない銘柄を選んでいるからかもしれないが、依存性はドクターペッパーと比較するに及ばずである。ドクペは数本飲んだだけで、禁断症状がでるほどだった。まだ箱に煙草がたくさん残っているが、これらは一週間に一本のペースで気長に消費していくつもりである。依存したらそれまでだ。別に、人生の目標は健康になるためじゃないからね。

2009/12/09

先日、二十歳になった。魔女の乳首のように凍えきった六畳の部屋で、打鍵している。絶え間なく過去へと押し流された歳月を振り返ると、「僕は今まで何をしてきたんだろう」と泣きそうになる。それでも、この僕という人生で唯一誇れることがあるとするならば、自殺せずに生き抜いてきたことだけだ。それ以外は、皆無だ。ホント、不細工な人生だ。でも、最悪じゃない。恐ろしく平和な日常の中で、なんとなく生きててよかったなと思う瞬間があるから。例えば、今日は歩道の真ん中になまこが落ちていて、少し笑えた。そういう下らなくて、馬鹿みたいなものが僕をきっと活かしている。確かに、僕という人間に価値なんてないかもしれない。そんなことを年がら年中、僕は頭の片隅で問い続けている。人生の明確な夢や目標があるわけでもない。お金は多いに越したことはないけれど、あまり執着していない。権力にはまるで興味も関心もない。友人も知人も、気の合う少ない人数でも十分だ。この僕が家庭を築くことなんて、想像さえできない。生きていても、死んでいても、どちらだっていい。どちらだって変わらないだろう。けれど、どうしようもない僕は、どうしようもない世界でまだまだ生き続けよう。意味もなく、理由もなく。誰のためでもなく、自分のためでもなく。

2009/11/08

語尾に《祭》や《会》が付いているものには、少しだけ嫌悪感を抱いているものの、基本的には無興味で無関心を貫いている。僕のその姿勢に「なんで?」と問う人がいるが、そういう人には「じゃあ、あなたはスプートニク 2 号に興味関心がありますか?」と質問を質問で返せば大方納得してくれる。そのイベントに充実感や充足感を感じる人間に特に言うべきことはないが、あえて言うことがあるとするならば、僕に迷惑が掛からないところで、騒ぐだけなら文句はないです、というささやかなものだ。僕はなるべく積極的に彼らとの交流を丁重に断っているのだが、折に触れ、手伝ってくださいという趣旨の絵文字入りメールが届いてくるから困りものだ。自分たちの欲望を満足させるために、僕を酷使するとは邪知暴虐の限りだ。そういう僕は部活動で写真展示をしているのだけれど、赤の他人を巻き込んでいない点が彼らと違う。まあ、結局は手伝うことに決めたのだが、これは、彼らの僕に対する評価が下がった場合、学校生活が居心地の悪いものになるのではないかという、僕の醜く歪んだ欲望のためである。ちなみに、最近は人の行動がどのように欲に絡まっているかを解いていくのが楽しみとなっている。

2009/10/27

ボランティアは、自分の利害を考えず他人のために尽くす、言わば厚意と好意からなる行為であると認識されているけれど、これは間違いだよなと思う。真相は、自己満足を目的とした、手段としてのボランティアである。他人を想い尽力することは、自分が必要不可欠な存在だと錯覚してしまうからか、得られる充実感が桁違いだ。ここに、他人を媒介することで自身の満足感を増幅する仕組みがある。ボランティアという綺麗な言葉で飾られて、人間の汚れて混濁した欲望は市民権を得ている。

2009/10/10

「不幸だ」と感じる確立のが高いのは明らかである。何故なら、不快さは快適さよりも機敏に感知しないと、生命体として最も優先すべき事項である生命の保存にそぐわないからだ。しかし、そういう前提を除いてみても、人生はどう転んでも不幸である。哲学でさえ「生きる意味、理由」に解答を求められないように(むしろ、その問いを見ないように、ただムツカシイ言葉の定義でもめるだけの学問のように僕は思う)、生きていることはなんにもなく宇宙空間のように空っぽだ。知らぬ間に生れ落ち、「神様なんにも分かりませんでした」と死に至る。僕たちの前にはどうすることもできない絶対的な不幸が待ち構えている。これが幸せと呼べるか?否、断じて否。確かに、日々の小さな幸福と愉しみがあれば人は生きていける。けれど、絶対的な不幸の上での幸せなんてのはニセモノだ。神様、これが僕のニセモノガタリ。殺して解して並べて揃えて晒してやんよ。

2009/09/29

今までの人生で溜まったものを取り除く作業に日夜徹している。飽きたものものを売り飛ばし、書棚に乱雑に詰め込まれたプリントを廃品回収に出し、明らかに不要だと思われる雑貨をゴミ袋に放り投げた。僕の一部として存在していたものを捨てるというのは快感であった。 もともと、一人暮らしするので身辺整理をしなければと始めたものであるが、なんだか目的が変わりつつある。僕には残したいものも、遺したいものもないから、ものを捨てるのは簡単だ。卒業アルバムも、卒業生住所録をコピーしたら、もう無用の長物だ。制服は捨てた。修学旅行で撮られた写真は、心傷モノなので破り捨てた。厭な記憶だけがものに残留する。大切なものは脳味噌に電子データとして在る。

2009/09/24

僕の青春と呼べるものは、少なくとも爽やかでも美しくもない。無知で無考で、完全無欠に純粋無垢な僕は、無知ゆえに恥晒し、無考ゆえに失敗し、無垢ゆえに絶望し、ただひたすらこの十代に傷付き、瑕付き、疵付き、創付いた。そして気付けば、沁みた汚れと、戯れた穢れに幾重にも守られている。青春に、完膚なきまでに叩きのめされ完封負けである。だから、誰かがこの記憶を掘り返して、僕の眼前にばんと叩きつけたなら、僕は気息奄奄に発狂するだろう。もう 20 年生きただけでこのザマである。もしかして、これが大人になるための代償なのだろうか。きっと将来「あの頃に戻りたい」だなんて夢にも思わない。このキズは夢寐にも忘れない。

2009/09/14

夏の終わりに見る路傍の蝉の屍骸ほど「儚い」という言葉が似合う情景はないだろう。その彼、彼女の一生を想像すると「お疲れさまでした」と背筋を伸ばして敬礼せずにはいられない。まったく人生はろくなもんじゃないよねと、溜息雑じりに呟く。何十億年後に消滅するこの地球という生命実験室に閉じ込められた僕たちは、脳にインプットされた快感だけをさ迷い求め、眠り目覚め、食み排し、交わりあう。生命体の欲望が地球の歴史を築きあげる。今までも同じ、これからも同じだろう。そして最終的に僕たちを待つのは、世界の終焉だ。溜息を吐く。自慢できるものでも、尊敬されるものでもない。幸せになるために生まれてきたわけじゃないし、不幸せになるために生まれてきたわけでもない。地球の死という格子構造の中に生きる僕は、だから、生きることに期待しておらず、人生は空っぽだと笑う。涼しい風が吹き込む窓から、ふと秋の虫の音が静かな部屋に届く。もう明日死んでいるかもしれない命をすり減らしながら。季節は夏から秋へと、生命は生から死へと刻一刻、変わっている。それは、とても儚いことだけれど、とても平和で、穏やかなことだ。地球の寿命が尽きるまで、せめてそんな日々が続けばいいなと願う。

2009/08/28

夜、香港島ビクトリア・ピーク。目前に展開する、広告と電飾のネオン、生活空間の暖色の明かり。所狭しと東京都の半分の面積に、斜面に、埋立地に、熱帯雨林の木々のように生えるビル群。湾を行き交う貨物船と漁船と船上レストラン、解析不可な波の重なりが織りなす光の乱反射。ビル群の航空障害灯と航空機の互いに威嚇しあう明滅光。薄く空を被う雲に映る、闇を嫌う人々の抵抗のしるしとしての街の光。僕は特に窓からもれる暖色の明かりに魅力を感じる。仄かな暖色の明かりは湿気と排気ガスを帯びた大気に瞬き、まるで最期の美を咲かせたあとの闇に落ちる線香花火みたいだ。宇宙の歴史から見れば線香花火のように短いそれぞれの生を燃やしながら、この暖色の中で人々は、愛しあい、憎みあい、近づきあい、離れあう。「綺麗だ」と素直に思う。人間は何の役にも立たない生物だけれど、人間は人間の作り出したものを綺麗だと感じることができる。人間は人間を綺麗だと感じることができる。そこに価値がなくても、意味がなくても、理由がなくても、意図がなくても、だ。喩えそうであったとしても、今は、その一言で済ませたいと思った。

2009/08/23

天国に湧く水のように美味であるドクターペッパーをごくごくと飲み干しながら、買い替え時が近いブラウン管に映る準決勝に駒を進める高校野球球児を眺める。なんて運が良い奴らなんだと僕は思わずにはいられない。今に至る 20 年の歳月、僕が恋する異性との健全な交際もなく、「能ある鷹は爪を隠す」という諺に則りかつてこの身に隠した才能はとうとう発掘できず、万人に薄い胸板を張れるほど実益のあることは為さなかったと断固断言できるのは、ただ単に僕に運がないからであると肋骨を張って主張したい。ここで「もし」から始まる妄想を逞しくしたところで現実になんら好影響を及ぼさないどころか、現実との雲泥の差に気を病んでしまい、流行病のうつ病とやらを発病する恐れがあるので、ここでは控えることにしよう。人生における運は神様が割り振ったもので決まるが、ここで「貴君の努力次第」と熱舌する輩は阿呆と呼ぶほかない。努力できるのは才能であり、才能こそ運によるものである。ゆえに努力できるのは運によるものである(三段論法)。であるからして、僕が現状を改善する一石を投じない、投じれないのも、すべて運が悪かったと諦めるほかない。こうして辛酸を舐め続ける僕という人間がいれば、「天は二物を与えず」という諺を真っ向から否定する余るほどの才能を有する、林檎飴を舐め続ける人間がいるから、不平等である(ゆえにいじめはなくならず、戦争はなくならない)。そして、そういう輩こそ「貴君の努力次第」と信じて疑わず説教したがるので、困ったものである。

2009/08/05

親に感謝の気持ちを伝えることほど難しいものはないだろう。精神が吹き込まれた選びようのない肉体と頭脳、生れ落ちた場所と時間、逆らいようがない生涯における運の良さは不平等なのに、幸せを数珠のように繋げないこの世界に親は子を産むのだから。それなのに母の日、父の日には親に感謝することが社会的に義務化されていて、親を憎んでさえいる僕は「有難う」という形だけの感謝の言葉を吐きだす。さらに性質の悪いことに概して親は子に期待する。「就職は地元にしろ」と僕は父親に言われた。子に期待する、夢を見る親は人間として終わっている。僕は父親の頑なな姿勢を崩すために「子を勝手に産んでおいて、そこまで子に期待するの?」と問う。子を産むという行為は殺人と同等の重みがあるよね、と意地悪く付け加える。数日後、父親は「親のことは気にしないで、好きにしなさい」と言った。望ましい傾向である。親は必要最低限度の躾を子にした後は、なるべく親の都合をはさまずに、経済的支援を主に子を見守るというのが良い形だと思う。

2009/08/02

門司港地ビール工房から軽快なジャズが陸風に乗って流れる。西には、死を連想させるほど紅い太陽が大陸に溶け、東には、僅かに歪んだ月が空虚さに寄り添うように浮かんでいる。寝支度をはじめた雀が街路樹に集まり、街灯がほの暗くなった石畳の道路を照らす。黒糖きなこアイスクリームを味わいながら、僕はここ最近、何度もなぞった思考を展開する。《僕が存在する意味》。残酷だけれどもうその答えは出ている。僕が存在する意味はないと。僕は世界を構成する部品であるが、僕は世界を構成する代替可能な部品でもあると。別に僕が僕である必要はないのだと。一年ほど思考を煮詰めてこの結論が出た。あるいはこれは間違った認識かもしれないが、僕には反論する材料が思い浮かばない。だから、自分のやることなすことすることに、そんなことしても何にもならないのになと溜息混じりに呟いて、僕を僕自身で人生全般にやる気がない人間に仕立てている。そしてそれは、僕の正常状態だと諦めて割り切ることにしている。以前は、無意味さ無価値さによってもたらされる感情をうまく処理できずに、自殺することすら考えたものだが、打鍵して言葉に置き換えることで自殺衝動はある程度まで抑えられた。誰かに話したら楽になるように、言葉にすることで落ち着くものだからだ。「さて、この認識のもとに僕はどうすべきか?」と僕は月に問う。月は沈黙を返す。月は沈黙のデバイス。

2009/07/18

生涯賭けても得ることのできない解を設定した神様がいるならその顔をぶん殴りたいものだが、生憎、神様は人間に生きる・生きていた意味を授けてくれる、生きる・生きていた意味をほかのものに擦り付けたい人間が創造・想像した姿かたちもないものだから、無理な話なのは分かっている。あるいは気分が落ち込む効用しかないこの無限ループから逃げ出せばいいのだが、ここには死ぬまで終了命令がないので、のめりこんでしまうと最後である。生きている理由はなんだろう、という問いに幸せになるためと答える人は、それ以上深く追求せずに幸せに人生を終えるだろう。だけど、皆無なんて答える人は、一生その底なし沼から抜け出せず、不幸にあるいはそこそこ幸せに人生を終えるだろう。

2009/07/01

来年度から編入する大学を恐らく大学院まで進み、適当なところに就職して、村上春樹の言葉を借りれば「文化的雪かき」を定年退職までこなす。その後せいぜい 20 年生きて、そして、死ぬ。僕の使用していた原子は、違う誰かを構築する。さらに、何十億年には地球すらなくなる。これはもう、絶望的としか捉えようがない。僕が生きている意味がどこに見出せるのだろう。やることなすことすることのすべてが徒労へと変換されているような感じ。

根本的に生命体として僕を捉えても、意味なんてまるで見出せない。遺伝子の立場から見た僕は、ただのいれものでしかないからだ。人間という種が滅びないよう、効率的に交叉/突然変異/淘汰するその逆らいようのない急流のただ中に僕は溺れている。そこには僕が僕である必要すら感じさせない。僕は世界を構成する部品でもあるが、僕は世界を構成する代替品でもある。遺伝子は、どこに着地したいがために、多くの人間を宿主として利用しているのだろうか。そして、彼らは罪悪感のようなものを感じているのだろうか。本来は淘汰されているべき個体だった僕は、果たしてどこへ流されるのだろうか。

2009/06/23

そもそも幸せになるために生まれてきたわけでもないし、不幸せになるために生まれてきたわけでもない。だから、生きることに期待はしていない。ただ昨日と今日と明日の誤差を修正して生きるだけだ。ホメオスタシス。大きな変化を待っているくせに、傷つかないように昨日と同じ明日を演出することに神経を張り巡らせる。

2009/06/10

バレーコードを押さえる人差し指の痛覚で、舞台の上で人生を演じている僕を思い出す。つい演技に熱が入ってしまい、この神様の視点を僕は忘れるところだった。座席に座っている僕と舞台で踊っている僕は独り言を交わしあう。お前は何のために踊っているんだ。分からないから踊っているのさ。それだけで二人の話は終わる。そして二人は答えが出ない会話をまた始める。ただの独白のような。

2009/06/06

自分のやる気の制御が難しいと僕はつねづね思う。やる気ほど掴みにくく、維持しにくいものはない。目の前に餌を下げるか、背水の陣で腰を上げるか、その策戦で死線を乗り越えてきたが、最近はまるで駄目だ。どんな入力を僕に与えれば、どんな出力が弾きだされるのか、理解不能に陥っている。

2009/05/19

中学生の頃、応援団に強制的に入れられ(というか全体参加)、一ヶ月間放課後まで残って練習をしたことがある。体育祭の日、無事に演技を終えた僕に残っていたのは、充足感や達成感ではなく、これでやっとストレス(失敗したら槍玉に挙げられる恐怖)から開放されるという安堵感だった。ただそれだけだ。涙も思い出もそこにはない。集団スポーツも同様だ。集団による増幅したその暴力が怖いのだ。僕が失敗したときに浴びせかけられる冷めた視線が、僕を再生できないほどに鋭く抉る。成長してもそれは変わらない。丈夫に固定された鎖に繋がれて逃げれないと学習した象が、柔に固定された鎖に繋がれても逃げようと試みないように。僕という人間の傾向はある時点で固まっている。ある程度は軌道修正できたとしてもね。

2009/05/16

嫌いなものが増殖中である。他人の言動、行動が僕の「好きじゃないな」という感情の微粒子を震わせ、時が経つにつれ、それらは無意識下で結晶化して、制御不可能な嫌いに変わる。好くことも同じで単に逆のベクトルをもっているだけだ(と思う)。僕はものごとの沈殿するべき位置を大切にしている性質なので、無理に抗うことはない(だから、現実と過去との相違を挙げて文句を言う人間は嫌いだし、そうならないように努めている)。嫌いなら、嫌いでいいじゃないか。僕が他人を理不尽に嫌っているように、他人は僕を理不尽に嫌っているのだから。無数の好きがあるように、無数の嫌いはある。それは個性を決定付けるものだ。個性が豊かな人格を育てるというのが教育の方針で挙げられることが多いのだけれど、それなのに嫌いという個性は排除される傾向がある。みんなちがってみんないい、とか言ったやつは誰だ。嘘、嘘。集団と同じベクトルを持っていなければ、非難を浴びて抹殺されるんでしょう。分かっていますよ。逃げなければいいんでしょう。なんとか笑顔を保持して、不満を漏らさずに従えばいいんでしょう。「目標をセンターに入れてスイッチ」の連続。これが僕の処世術。嫌いだなあ、生きることって。

2009/05/14

他人のために生きるのは、楽だ。例えば、夜遅くに帰ってきた父親がすやすや寝ている我が子を見て、「俺はこの子のために頑張っているんだ」と呟く。それは自分の存在価値/理由に目を背けるための現実逃避だ。否定はしないけれど、僕はそんな生き方はしたくない。答えがないものを眺め続けて、しっかり生きて、それから死にたい。

2009/05/09

他人(親、友だち)が歌うのを聴くのは好きではないし、僕が聴いている歌を聴かれるのも好きではない(同様に、読んでいる書籍のタイトルを訊ねられるのも好きではない)。前者は僕の心の深層部分に因るものなので説明のしようがないが(症状としては鳥肌が立つ等)、後者は単純に僕の謙虚な自己顕示欲に因るものだ。否、僕の摂取している情報の種類を他人に知られることで、僕という人間の中身・内面が露出することを極度に恐れているからだ。何故なら秘密・内密にしているということはアドバンテージであり、優越感を生んでいるからだ。中学生の頃、職員室から屋上の鍵を抜き取って、そこで放課後を過ごした時期があった。そのような他人に知られたら崩壊する類の感情って誰にでもあると思う。でも、他人が僕のそのような厭がる傾向を知ると、眉を顰める。理由を話(放)したら、壊れてしまう脆いものだから説明できないしさ。困っちゃう。

2009/05/06

僕の狭い部屋の一面を占める窓ガラスを濡れた新聞紙で綺麗に磨いた後、紅茶を飲みながらブックオフで暇潰しのために購入した小説を読んでいたのだが、いまいち集中できない。暇で仕方がないので、僕は透明な窓ガラスから空を仰ぐ。窓ガラスは透明なのに、雲は不透明。磨く必要があった?テレビで見た人工衛星からの映像を思い出す。きっと曇り空が印象的だったからだろう。宇宙から見た地球。地球の大きさが一メートルだとすると、大気の層は一ミリメートルしかないとどこかの雑誌で読んだ。僕らはなんて限られたところで生きているんだろうと不思議に思う。どこに生きる価値と意味があるんだといつもの疑問に行き着く。苦笑する。もしくは、鼻で笑ったかもしれない。本当、人間暇を持て余していると碌なことを考えないものだ。平安時代の貴族も碌でもないことしか考えなかっただろう。僕はといえば目を閉じてスプートニク 2 号のことを考えていた。

2009/05/05

僕は傘が怖い。以前読んだ小説に、雪の日に主人公が傘を差した人と擦れ違った時に、傘の縁(傘の骨の部分)で目玉が取れるシーンがあった。だから、雨の日や雪の日のみならず、それに晴れの日でも日傘という存在から、僕は街中を歩くときは警戒を怠れないのだ。雨の日や雪の日は大抵、自分も傘を差しているから相手の傘の縁との距離が半ば自動的に空くからいいものの、日傘には相手と適度な距離をとりながら歩くほか対策がないから困る。特に暖かな日差しが降り注ぐ日のフリーマーケットは戦場と呼ぶほかない。基本的に日傘を差すのは女性だから身長が低い。それに加えて僕の身長は男子の平均以上あるので、結果的に日傘の縁が僕の目に入る高さにあるのだ。眼鏡をしているのだけれど、怖いものは怖い。

2009/05/04

「僕は僕」という魔法の言葉に頼らずに、僕は自分を卑下し続けてきた。「下らない」「馬鹿みたい」と呟いて厭なことから逃げてきた。そんなペシミスティックに溺れ、暗がりに身を潜めた僕に、射しこんだ光が、名前は知らない新入生だった。「見学に来ました」と部室の扉から顔を出した彼女は言った。少しの間、見惚れた。こんな人間がいるなんてと僕は感動すら覚えた。一目惚れをしたのだとかそういうんじゃない。ただ、自分とは真反対の人間を発見したという驚きが僕の背筋を走った。彼女をどのように表現すればいいのだろうか、活発で快活で、正のオーラを纏っているという感じだ。顔の筋肉の可動率が明らかに違うし、彼女の笑顔は太陽を追いかける真夏の向日葵を見るときみたいに眩しい。僕は彼女の前ではなんて「下らなくて」「馬鹿みたいな」人間なんだと思った。彼女の前では、生とか死とか、価値とか理由とか、すべてが粉々になるような気さえする。これは、僕が彼女に憧れているからなのだろうか。そうかもしれない。でも、僕には何度生まれ変わっても、こう振舞うしかできないんだろう。そんなこと考えないほうが幸せなのにね。

2009/04/27

僕は山頂で暮らす夢を見る。お金を貯めるために社会で数十年働いた後で、泉が湧く山の土地を買い、食料と書籍を買いこんで、自分で建てた山小屋で暮らす夢だ。僕の祖父がラジコンを飛ばす開いた山の土地と、村上春樹の「海辺のカフカ」で「僕」が滞在する山頂の風景がその夢に混在している。そして僕は自分でも気付かないうちに、その夢は目標であることを知る。その場所で、僕は人間社会から積極的に隠遁し、生きるために必要なことだけをして、そして空いた時間に本を手に取る。これは贅沢というほかない。

2009/04/25

両側に長椅子がある電車に乗っている時、向かい座席に見覚えのある女性が座った。イヤホンから流れるビートルズの音楽で外部の騒音をフィルタリングしながら、まどろんでいた僕は、脳を意識的に回転させて、記憶をなぞり、彼女と僕との接点を探した。誰だっけ、誰だっけ、と僕は呟く。効率良く試験の点数が取れる頭脳をしているくせに、僕の頭脳は長期記憶が苦手だ。畑違いだ、と当の脳味噌は怒っている様子を想像。また電車が停まる頃、彼女は中学校の時の同級生だ、と気付いた。しかし、名前が一向に思い出せない。や行のどれかで始まるイメージがあるものの、僕が思い出す前に、彼女は席を離れ、溜息を吐きだしたドアから出て行った。残された僕は、名前の分からない中学生の彼女のイメージをトレースしながら、またまどろんだ。

2009/04/20

ブックオフの百円の棚に陳列されている赤川次郎の三毛猫シリーズを主食に、四月を生き抜いている。この数週間、日記の最初の一行を打鍵してはバックスペースを長押しする日々だった。入学式の校長先生の話が毎年同じという噂を友だちから聞いて、僕はげらげら笑ったものだが、この数週間、そんな自分に逆に嘲笑されているような気分である。「それは聞き飽きた」なんて僕の右肩の上から指摘されるものだから、僕は落ち込みながらそれにしたがっているのである。そんな調子なので、ここに綴っているのもそんな艱難辛苦を乗り越えてきた猛者たちなのだ。きっと今の僕はインテークの期間であろうと思い込むことにしている。

2009/04/12

地球をさすらう風が、桜の花びらを舞い散らせる。桜色のなかに透明な緑が息づいて、春が小さく変わろうとしている。暖かい日差しが地球の歯車を動かしているような気さえする。そんな穏やかな午後二時、僕は残酷な宇宙の終わりを想像する。僕が死んで無になるそのときを。僕に限らず人類はみんな滅んで、宇宙が停止するそのときを。僕が積みあげたもの、人類が積みあげたもの、それらがすべて徒労だと思い知らされるそのときを。僕はその事実を突き詰けられて、絶望している。だから人生は何をしても虚しいとすら思う。僕の指から放たれた文字は、ネット回線を通して、誰かに届き、誰かの記憶に残留するだろう。そして、さらに時間が経てば、完全に宇宙から抹消される。そんなの残酷だと思いませんか?それなのに、春は馬鹿正直に小さく変わり続けている。静かな部屋に響く秒針みたいに、余韻を積み重ねながら。

2009/03/27

僕の記憶能力はかなり欠如しているので、周囲で起きたできごとは無意識のうちに忘却の彼方に追いやっているらしい。そのせいで友だちが昔の話題を引っ張り出したときに、うまく順応することができずに慌てふためくことになる。そんな僕だけれど、過去の記憶にすがって生きているようなものだ。印象的なシーンを繰り返し繰り返すたびに塗り替えられ、他の記憶は頭の片隅に追いやられる。とりあえず、僕の生きているのは、成人式の日に小学生の頃にクラスで埋めたタイムカプセルを掘り出さなければならないからだ。

なんだか長く生き過ぎたなと僕は思う。そのたびに、僕は窓を開けて深夜の空気を吸い込んで、今はもういない僕のことを考える。輪廻転生は信じていないけれど、どんな時代にだって僕みたいな人間はいたと思うのだ。何も求めず何も為さず、名を残さず死んでいった僕。人類の歯車としての生を消耗する為に、毀れ擦れ剥がれ壊れた僕。果たして人生の歯車は誰の動力で回っているのか。どこへ行こうとしているのか。それが分からないように、複雑に歯車が噛みあっている。それは道徳とか倫理とかそういった類だとは想像はつくのだけれど。

2009/03/17

軽量化に努めている、といっても体型のことではなくて、僕の所有しているものの量だ。一年後には親元を離れるということから、気が向くたびに努めているキャンペーンである。というわけで久しぶりに大手買取店に書籍を売ってきた。値段はともかくまたこれで部屋がすっきりとした。ダンボール 2 箱に僕の所有しているものを積めることができる(教科書を除く)。やはり人生はシンプル・イズ・ベターである。

2009/03/08

暇なので座禅に励んでいる。ある動画サイトでは雑念を消すことが難しいと記述されていたが、平生の僕は考えるの止めることに関してはプロなので、右足なら左太ももに、左足なら右太ももにのせるようにただ胡坐をかいて、虚空を見つめていればいいだけである。そして気付いたときには 180 度時計の長針が動いている。僕はキーボードを眺めるだけで 360 度は暇を潰せる人間なのだけれど、座禅には質の違う無意識さが味わえる瞬間がそこにはあった。解脱という言葉がぴたりとはまる。すっかり座禅に溺れている僕であった。

2009/03/06

玄関から母の「靴を並べなさい」という叫び声が聞こえてくる。外出するときに手間取らないように向きを揃えてという意味だ。僕は普段から頭の中がクリアなので、帰宅したときにこのルールを忘れてしまいがちなのだが、別に向きなんてどうでもいいだろうと思っている。確かに家の中から玄関を眺めたときの見た目は良くなるかもしれないけれど、帰宅したときに向きを揃えようが、外出するときに向きを揃えようが、手順は同じである(特殊なケースだが自宅で死亡したとき人生における手順は減る)。これは駐車するときに似ている。まあ、母の機嫌を損ねるほうが、つまり帰宅したときに向きを揃えるほうが、僕の家庭内における平穏が維持されるので、僕はなるべく帰宅したときに向きを揃えるよう心掛けている。

2009/02/22

みんなちがって、みんないい理由が分からなかったのだが、昨日の夜にその理由が閃いた。人間という種全体を構成する個体がそれぞれに個性を持っているのは、環境の変化に対して種全体で適応するためなのだ。苛めを防止するための子供騙しではなかったことに、小生は感激する。

2009/02/16

スリップしてこけた。左膝と右わき腹に鈍いが小さな痛みがある。自転車置き場に入る手前の濡れた金属部分で、曲がるための重心移動によるものだと分析。周りの視線は気にしないことにする。さて、自転車のチェーンが外れた。ティッシュを切らしている今現在、こいつを素手で触るのは気が引ける。僕はチェーンが外れた自転車を押して、自転車置き場に格納する。修理は放課後にしよう、と判断。はあ、と僕は寒空に溜め息をついた。おいおい、積極的思考を忘れるな、と別の僕が言うので、僕はこけたことから得られたことを一通り考えた。一、チェーンが外れているので、盗まれる確立が減る(鍵をつけているし、自転車置き場のおじさんがいるのでもともと盗まれる確立はゼロに近いのだが)。ニ、目が覚めた。三、一時の恥に対する耐性アップ。おいおい、と消極的性質の僕が口を挟む。それはなんだか、引かれものの小唄でしかないんじゃないか。ただ強がりを言っているだけで―。積極的性質の僕が消極的性質の僕を乱暴に殴りつけた。

2009/02/15

聴くに堪えない鍵盤が奏でる音を耳が軟体動物になるほど毎日聴かされていると、その落差によってプロの演奏家が奏でるものは、透明な緑が芽吹く草原を連想させるほどの効用がある。僕はこれを信条に、弟の奏でる不協和音おたまじゃくしを耳栓越しに忍耐していたのですがしきれず、これでどうだとばかりに耳栓を耳の奥に押し込んだものの取れなくなったそれを必死に耳穴からかきだそうともがく僕の心情を弟は理解してくれるはずがない。

2009/02/14

五感で感じたものを記述する傾向から、腐敗した脳味噌を晒す傾向にある。これは現実世界に刺激が欠如しているためと思われるのですが、それは定常状態をどこに置くかで判断が変わる。以前は些細なことに心を寄せることが出来たのに。その頃の純粋無垢だった僕の思考回路は、何処の透明な緑溢れる春の草原を駆けて、跳ねて、転んで、微笑んでいるのか。僕のこの身体よりも深く親密に寄添うことが出来たあの思考回路はどこに消えたのか。僕はそのことを考えるたびに、暑くなる予感が肌で感じられるあの夏の朝の、古い自分から脱しようと奮闘する蝉を思い出す。得たものと失ったものを頭の中のキャンパスノートに書き込みながら、僕は今日という日を過ごした。

2009/02/06

人生は透徹した目でみれば《無意味》であると思い詰めると、何で僕は活かされているのか疑問になる。危機意識の高さと狡賢さを武器に踊り続けながら、このことを悩んでいるのですが、僕の好きな作家の小説に「貴女が生きてこられたのはね、その整理をさき延ばしにしたからなのよ」という一文があって、《整理》を《結論》に置き換えれば、愛すべき友人にも言われたことなのですが、僕が生きていくには結論をさき延ばしにするしかないのかもしれませんね。結局は、ああでもないこうでもないと悩んでいるうちに気付いたら死んでいるものなんだろうな。

2009/01/26

《現在に最も近い過去の僕》はやる気の回線を乱暴に叩き切られて、食べて寝て糞するだけの、非生産な人間となっている。僕の快適な生命維持を行う所為で、地球にはトルーマン・カポーティの言葉を借りれば《見返りに山盛りの馬糞》を投げつけている。暇潰しのための勉学もまったく手付かずのままで、熟慮あるいは浅慮してみたら、《人生は如何に時間を殺し続けるか?》が鍵なんだと思います。仕事にしろ家庭にしろ、それはただの時間殺しの優等生でしかないです。人間は何故生きるか―この答は至ってシンプル。それは《種の保存》に尽きる。ああ、書いていて思い浮かんだのだけれど、種の保存が駒の軸で、娯楽だか宗教だか仕事だか家庭だかは駒の錘だ。爪楊枝だけで回転するわけがないから。ああ、でもそれじゃあ時間殺しは正当化されるわけだ。曲論すぎる。

2009/01/20

朝夕、風俗街を通過儀礼として自転車で駆け抜けるわけだが、不肖ながら毎朝毎夕女子大学生のこちらに向けたお尻を見ながら通学している。『女子大生募集!』という貼り紙が張られたその店先には、えっちぃ下着を着けた女子大生と思われる女性が複数名こちらに向けてお尻を挑発的に向けている看板がある。中学生のときなら興奮すること間違いなしであろうが、鈍感になった僕には効果覿面ド・モルガンである。それよか僕は風俗街に住まう汚れた猫たちのほうが気になるのです。しかし、彼らは僕が近付く素振りを見せるだけで脱兎の如く裏路地に逃げてしまう。純粋無垢天衣無縫な僕には、裏路地には流石に手が出せないので諦めるのですが、そのえっちぃことを提供してくれる店先にいる客引きのおっさんには妙に懐いているからなんだか煮ても焼いても食えないものがある。

2009/01/18

冬季における僕の趣味は睡眠に尽きる。無趣味とほざいていたのは前言撤回。暖かい羽毛布団で栗鼠みたいにくるまって、外国の記憶を眺めながら、無意識に落ちる。その間、僕からみた僕という存在は無くなる。死んでいた僕はやっかいなことに目覚めてしまうと、無意味さに縛られる世界に浸かり込む。寝るのは幸せで、生きるのは不幸せである。ここで短絡的な思考を導入するならば、寝ている状態というのは無意識で、これは死と等号である。しかし、実際は無意識を認識できるか否かの差があるけれど、認識できるのが幸せか不幸せかと訊かれるとそりゃあもう不幸せと答えるだろう。

この休日は本棚の空きスペース確保のためにファイルやらノートやらを束ねていたのですが、中学生 3 年間で残った書類は卒業アルバム、成績表、一人一研究とかいう課題ものでした。記憶も乾布摩擦されたのでしょうか、好きな女の子の八重歯と笑窪の映像が浮かんでこないから困る。それにしても人間が生きるのは、水銀の食物連鎖による蓄積に似ている。多くの知識や記憶を地球上から脳味噌の中に掻き集めていくという行為が。

さて今週もまた僕の醜く穢れたプライドを殺して解して並べて揃えて晒していきましょう。

2009/01/13

僕がいささかなりとも好奇の目を輝かせた些事で些細な地球上のものごとは、僕がそれに一瞬心を触れただけで竜巻のように完膚なきまでに叩きのめされたわけですが、要するに興味関心態度が《がんばりましょう》で、ある日突然心で燃えていた炎が跡絶えるという稀有な性質、簡単に言えば三日坊主、慣用句を使わなければ飽きやすいんです、僕は。部屋には彼らの埃が堆積した欠片が流星群の塵みたいにロマンチックではなく、ただあるわけです。ただ唯一、継続持続維持できたのは朝の商店街の吐瀉物と肩を並べるぐらい屑なこの日記雑記であるわけなんですが、僕にも長年続いてきた理由は露ほどしらず雀の涙ほどしらず蚊の涙ほどしらず、自分の顔を鏡なしで確認認識識別できないように、灯台下暗しなのかもです。ところで、中学生の頃にカラオケで男友達が唄っていた「マシンガントーク」を何故だか思い出したのですが、これも灯台下暗しで、記憶の発掘の仕方が分からないように仕様がないのかも知れない。何だかんだ灯台下暗しで言葉を濁す臍でお茶を濁していますが、僕は結局のところインプットではなく、アウトプットに飢えているのかもです。だから書くんだと思います。ああ、早く死にたいです。

2009/01/12

一年前の同じ時期もこんな番組やってたようなと思う。まるでコピーアンドペーストさながらである。人生もそんなものだろう。繰り返し繰り返し厭になるほど繰り返す繰り返す。だけれど日々の下らない些細な幸せで人間は生きていけるもんだとか。それだけの理由で生きていることの後ろめたさを忘れて、あるいは棚の上にあげて埃を被ったそれは結局忘れられる。まあ、誰だって同じなんだろう。生きていることに慣れすぎたから。違うな。生きすぎることに慣れすぎたから。さあ、下らない大人たちの仲間に入ろう。ただ生きていることを継続させるだけの慣性があれば入れるその世界に。

2009/01/11

とりあえず生きるのは簡単で、何処かに進学して就職してだらだらと生きることは目に見えている。大雑把に見れば人生は生きて死ねばいいだけで、ならばもう命を絶っても別にかまやしないのですが、家族に強烈で熾烈な精神的苦痛を与えるのが想像に難くなく、その犯罪行為とも呼べる背反行為が僕に躊躇させるものがあるわけです。自殺に伴う自身の肉体的苦痛はそこまで問題視していないし(試しに顎の輪郭に沿って、親指と人差し指の間で喉を圧迫してみると分かるけれど、簡単に死ねそうだ)。なるほど、自分を破壊するためには常人には想像できないほどの覚悟は必至というわけだ。ああ、僕が孤児だったら即効自殺を目論むのになあ、などと耽るのですが、その場合は育ての親に感謝の念を抱き、精一杯恩返しをするために立派な人間になるはずである。最強の矛と盾じゃないけれど、幸せな人間は不幸で、不幸な人間は幸せなのであろうか。

2009/01/10

厭なことから逃げることは悪いことだろうか。好きなことだけ前向きで、厭なことは後向きで。喩えば、蜘蛛を食べろと言われたら、大抵の人間は「厭だ」と拒否するはずだ。だから僕に集団競技を強制すること自体が間違いで、過ちだ。僕は蜘蛛を食べることと同じぐらいに集団競技を嫌悪している。小学 3 年生の時に僕は悟った。集団競技に僕は向いていないのだ、と。

蹴ればあらぬ方向に球は転がって、高く舞いあがった球は背後にぽとんと落ちた。失望したようなあの目、励ましの裏で腹を立てている心。だから、僕に球は転がってくるはずもなく。だから、僕に期待していなく。同じ場所にいるのに、傍観者の映像を見ているようだった。目の前で試合が展開しているのに、僕は存在意味が皆無だった。そんなことが厭だから僕は避けた。

折り紙で複雑な手順の恐竜を折り、紙飛行機を飛ばし、校庭の虫を活かしたり殺したりして、関わり合いを避けた。本当に厭だった。蹴れば悪くない方向に球が転がって、高く舞いあがった球はなんとかグローブに入る。最初からそれだったらよかった。練習して努力して上手くなりたいと考えるだろう。しかし、僕はあの目で見られて、あの心を見とれた。厭だった。「お前なんかいらないのに」と言わんばかりのあの目、あの心。厭だった。これは僕の心が弱いからいけないのか。練習して努力して見返してやろうと思わなかったから。でも、中学生の時に厭なりに打ち込んだ。それでも、あの目、あの心。ああ、本当に厭だ。これは僕の心が弱いからいけないのか。

一人で、あるいは一対一の競技なら平気だった。気軽だし、負けるのには慣れすぎていた。そして、一人でいることを好んで、競うことを嫌った。自己主張することを嫌った。自己表現することを嫌った。公衆の面前に晒されることを嫌った。集団競技はここまで歯車を狂わせる。

でもそれを聞いて一笑するだろう。集団競技にそんな感慨を持たない人間は、全て。お前の心が弱いだけだ、と。確かにそのとおりではあるにせよ、僕はこういう人間に育った。こういう人間は信用されない?僕は傷付くより、信用されないほうがマシだった。それだけの優先順位の問題だ。馬鹿みたい?下らない?じゃあ、もう一度問うけれど、あんたは蜘蛛を食べろと言われて拒否しないのか。決してこれは誇張し過ぎた喩えでもないはずだ。

2009/01/06

無才能と信じて疑わなかったのだが、ふとした弾みで僕には一つだけ突出した才能があることを思い出した。これを否定されれば僕という存在価値は皆無、この世に生きてられないわという感じである。それは《電車・新幹線で停車駅ごとに目が覚める》という火事場の馬鹿力、ピンチをチャンスに変える、ここぞというときに本領発揮する驚くべき才能である。ただしこのスタンド能力(近距離非力型)が発動するのは、僕という存在が慣れていない環境下のみである。ゆえに普段通いなれている鉄道では終点までは暴睡である。困憊である。例えば、漫画喫茶でらぶこめを徹夜で読み明かし、午前 7 時に観光地に行くも店という店ががらがらシャッターが下りていて、疲れ果て新幹線で名古屋から広島に行くと仮定しよう。その僕の耳にビートルズの 1962-1966 のアルバムを聞かせ続けてもいい。シートに座るやいなや僕は眠りこけてしまうのだが、あら不思議。ネッシーもチュパカブラもスカイフィッシュも驚くなかれ、なんと僕は一駅一駅ごとに律儀に目を覚まさずにはいられないのである。僕は将来この律儀で礼儀正しい素直で純粋無垢な唯一無二の才能を職業に活かしたいのであるが、13 歳のハローワークにもそんな選択肢はないから、僕が寝る間も惜しんで考えるものの名案が浮かばないので、困ったものである。

2009/01/02

去年の後半戦は下らない馬鹿げたことを考えすぎた。これは無趣味な人間にしかできない芸当だろうと思う。とりあえず去年は読書にぼちぼち傾倒したが、映画もいやはや鑑賞したが、ゲームソフトをちらほら買ったが、根本的には無趣味だった。だから、暇つぶしのために回転椅子の上で胡坐をかいて、考えることしかなかった。そしたらなんだか空虚で虚無で無意味でしかなかった、生きるなんて結局のところ。この認識の上で長すぎるだけの人生を僕はどのように華麗にあるいは惨めに踊るか。有性動物は生殖器のある雌雄が出会い交尾し出産するだけなのに。なのに人間は余興も余韻も長すぎる。さて、この認識の上で僕はどうするべきなのだろう。自己紹介。十九歳、男、職業学生、無趣味。人生の目標/目的は皆無。そういえば帰省したとき、母親のいとこが来ていて「何かやりたいこととかあるの?」と僕に訊ねた。僕は「特にないですけど」と言う。「それはそれは問題があるな」と彼女が言う。問題がある?はてはて、問題がある十九歳。どんな目標/目的も「下らねえ」の一言で完膚なきまでに叩き潰せると信じて病んでいる十九歳。誰か僕を殺して壊して砕いてくれることを願っている十九歳。「御注文は御決まりでしょうか?」。もうこんな議論押し込めろ。今年もこんな僕で新年明けましておめでとうございます。反芻動物のように、議論をくちゃくちゃと頭の中で味わいたいです。

2008/12/28

名古屋。夜行バスに揺られて(1 泊)、また漫画喫茶で一夜を過ごそうとしている(2 泊)。天井には黴が生えた 1 メートル四方のベージュの二次元配列。送風機が唸っている。聞いたことがあるメロディーが流れている。使い慣れないキーボードは"J"を出力する。孤独な宇宙空間を廻る惑星のある緯度経度の地下の煙草くさいこの場所で、僕は何を求め、何を期待しているのか。なんだか同じことをただ繰り返している。何度も何度も問いかける。黴を眺めながら。全部が無価値で無意味でそれでも生きていかなくちゃならない。何を求め、何を期待しているのか。僕は疲れているのかな。

2008/12/25

以前は骨の髄まで寒さが染みこんで来ました。だから冬は四季で断然トップで厭でした。でも 19 歳の僕にとっては、冬はそれほど過酷な季節ではなくなっていました(地球温暖化のせいではないと思います)。長生きは人間をどんどん鈍感にしていきます。どんどんどんどん鋭敏な何かが零れていくのが僕には分かります。夜の公園で星空を眺めるたびに、僕はその何かが心の檻を揺さぶっているのが分かります。美しいことをあまり美しいと感じずに―美しいと感じてもそれは昔の記憶を頼りにした評価―、歳を重ねるごとに鈍感な人間になるのです。「当たり前だけど、冬は寒いんだな」と冷たい空気に暖かい呼気をぶつけるだけで、冬なんてへっちゃらです。この鈍感さこそがタフさに欠かせないのだと思います。17 歳ゴルフ・プレイヤーがテレビ画面に映るたびに「あんたよりも年下なんよね」と溜め息まじりに母が言っても、僕は全然平気です。ところでこの鈍感さって、自殺できない神様が人間(下等生物)に自殺されないような装置なのかもです。

2008/12/17

僕を創ったすべてのものたちのために、僕は複雑怪奇で不細工なダンス・ステップを踏み続けよう。意味もなく理由もなくただ踊るしか(生きるしか)ない。それは「君と出会うために、今まで生きてきたんだ」なんて気障でクサい台詞を言うためじゃなくて、僕を見ているすべてのものに「お前らはこんなに無様な俺の姿を見たいんだろ!」と吐き捨てるためのダンス・ステップだ。とても惨めで穢れたダンス・ステップ。馬鹿みたい、下らないと虚空に呟いてなんとか踊り続け、迷惑をかけながらも醜く生き延びるのだ。うまずたゆまず踊ろう。この鼓動が枯れるまで。

2008/12/11

深海魚みたいに僕らは待ち続ける。 瞼を閉じても瞼を開いても同じ質の闇の中で、 命を削りながら仄かな明かりを灯す。

2008/12/07

朝方の雨で地面に縫い付けられた楓の葉。からからと音を立てアスファルトを舞っていた彼女たちの終曲。鮮やかな赤の絨毯となって、また季節は廻る。またひとつ秋が終わる。またひとつ歳を重ねる。最近、地層を掘り返す瞬間が多くなった。もう地球上にはないあの日、あの時、あの場所。それらの断片を僕は拾い集める。

アゲハチョウの幼虫が本棚の裏で鮮やかな羽を乾かしている姿。屋上で雲の切れ間から濡れた街へとまっすぐに降りそそぐ光を見ているあの中学 3 年の秋。北九州に大雪が降った日に、塾にミニスカートで来た好きな女の子の冷えた綺麗な脚。BB 弾とガス缶をポケットに詰めこんで、打ちあったあの小川の流れる公園。ポケットモンスターファイアレッド/リーフグリーンを冷たい風が流れる中で、ロックエグゼを暖房がきいた百貨店で通信対戦したあの日々。

僕はあの瞬間にだけ生きていた。生きることに何の疑問も感じず、中学校や塾の屋上で友だちとくだらない話で笑いあえ、好きな女の子と枯れ葉の舞う並木を歩くことができた。それが今は何だ?生きることに疑問しか感じず、一酸化炭素中毒で死ぬことを想う日々。虚しさと溜め息がこころの隅々にに積もるだけの。綺麗だったものが汚く見え、汚かったものが綺麗に見える。やっと純粋なこころは元に戻らないということが身に沁みてわかった。一方通行で。

だから僕は夜に降る雨に泣いてしまう。静かに地球を洗っていく優しい雨に。これが純粋さだったらいいのに、と思いながら。世界中の音を失わせる夜に降る雨は、夜十時の明かりを消した塾の教室の窓ガラスから見える雨を呼び起こす。「怖い怖い」と言いながら僕の腕を掴む彼女の吐息。もうそれから先は思い出せない。夜に降る雨が結ぶ今と過去。やっと生きていけるのは、そんな過去を抱けるからかもしれない。そんな過去を少しずつ思い出せるからかもしれない。

次の週末、あの塾の屋上に行こう、あのコンビニに行こう、あの小川の流れる公園に行こう。まだ大丈夫。僕はまだ頑張れる。僕は汚れながらでも嫌われながらでも生きていられる。まだ明日に手を差し伸べられる。まだ、まだ――。

2008/12/03

机に肘をつき鼻の前で両手を組む碇ゲンドウのポーズのまま、気付くと 1 時間経過していることがある。意識が飛んでいるせいか記憶が雀/蚊の涙ほども覚えておらず、その僕が属していた時間は虚無に飲み込まれている。ここ最近、この空白の無駄時間要素が僕の生活に取り入れられているわけだが、原因はよくわからない。自分の精神世界と実世界とのズレを修正するためにノー・オペレーションを挿んでいるのかもしれない。

2008/11/27

「虚しい」が最近の口癖である。どうせ死んでしまう人生だから、何をしても虚しく感じる。机に向かって試験勉強を始めようとするだが、「虚しい」という一言でやる気は粉砕される。そんなとき僕が存在している理由付けをまず始めに考え、何も思い浮かばないことに半ば絶望する。うなだれる。自殺を考える。が、思い留まる。残された人間に対する罪悪感、死への恐怖。上記の二点が自殺を躊躇させている。しかし、本当のところは僕は虚しいだけの人生に微かな満足を覚えているんじゃないか。もうどうしようもなく死にたい人間はその二点を乗り越えて、人生を完結させるだろうから。たとえ虚しく、「お前の人生は無意味/無価値/ゼロだ」と後ろ指を指されようと生きていることに少なからず執着しているんじゃないか。生きているからこそ自殺を考えられるのだし(この点においては親に感謝すべきである)、生きている理由付けをするために生きている。でもなんだかそれは、教員に工学実験を強いられて、その実験の目的を後から考えるみたいなもので、実につまらない。ああ、ここまでくると生きるのは病気に思える。

2008/11/20

彼/彼女たちの孤独感、寂寥感に対して、僕は献身的に向きあってきた。これが持ちうる限りの優しさだった。相手の話を聞き、「うん、うん」と相槌を打ち、場を和らげるための当たり障りのないジョークを言う。僕なりに精一杯やったと思うし、僕にはそう振舞うしかできなかった。そして優しさを他人に注ぎこんだ僕の胸には、からからに乾いた砂漠しか残っていない。砂漠には雨が降らないが、それはもともと雨が降らないから砂漠になっているわけだ。しかし僕の場合には、水道の蛇口をぴたりと止められたことによる急激な砂漠化だった。

寂しさを抱えこんだ僕は、上を見あげることでそれをなんとか回避しようと努める。天井、あるいは天空。天井にはどれひとつとして同じ模様がないボードでできていて、天空には二度と同じ模様を描けないキャンバスでできている。ボード、あるいはキャンバス。通学路で息絶えた長く鋭い嘴を持つ野鳥が語りかける。「お前という存在は代用品で、磨り減っていくだけのただの消耗品に過ぎない」。ひどい話だ。でもそれは本当のことだった。僕みたいに優しいだけの人間なんて、どこにでもいる。「**君って優しいね」と何度も言われ続けてきた。でもそれだけのことだった。僕みたいに優しいだけの人間なんて、どこにでもいるものなのだ。

細かい針がちくちくと左胸を痛めている。太陽の不在で青色に近い闇に塗り替えられていく街で、僕は違和感を抱いたまま移動を続ける。駅前にはクリスマスのオブジェ。点灯時と消灯時のギャップ。明らかに異質。疲れた人間の隙間を縫って、僕は―疲れた人間だ―自転車置き場に向かう。鍵をポケットから取り出しているとき、そのまま時間が止まって、数分間立ち尽くしていることがある。蛍光灯がちかちか点滅する錆びだらけの自転車置き場。自転車を凍りつかせる冷たい風が足早に駆け抜けていく自転車置き場。楽しいことを思い浮かべて、心のノイズに立ち向かおうとしたけれど、まるで駄目だった。磨り減っている。消耗、磨耗、劣化。

2008/11/12

生活リズムを朝型に変えようと鳴らす、朝 5 時の目覚ましで起きる僕は暖かい羽毛布団ですっぽりと覆われたまま、今日もまた日が昇るのを眺める。昨日のある今日。明日のある今日。何十億年後は、明日のない今日が来ると思うとなんだか変な気持ちがする。「死んでいればよかったのに」冷たい密室で僕は呟いてみる。僕の夢は寝ているあいだに心臓発作で死ぬことだ。そんな偏狂な夢/希望/理想しか持っていない僕は変だろうか。

2008/11/03

とあるキャンパスに出向いたのだが、一時間半程度の滞在で僕を認識した人間は 20 人にも満たなかったのではないかと思うぐらい、ひと気がなく閑散としていて、枯れた雑草の色をしたバッタのばちばちばちという火花に似た羽ばたきが聞こえるだけだった。その斜面にはアルファベットと数字で宿命的に名前をつけられた実験棟が並んでいて、傍の室外機が静かに唸っていた。何もすることが思いつかなかったので、図書館で時間を潰そうと考えた(なにしろ都心に戻るバスは一時間に一本しかないのだから)。土曜日のこの時間帯は開いていると掲示されていたのだが、図書館は完全に沈黙していた。外が明るく、中が暗いせいで景色を反射するガラスに近寄って中を覗いてみたが、生命反応は確認されなかった。

腹が減ったので、生協でコロッケサンドウィッチとミネラルウォータを買った(食堂は閉まっていた)。アルバイトの学生の女の子が僕の手を包み込むように小銭を渡してくれたのが印象的だった。僕はもう一度、沈黙した図書館のほうに戻って、沈黙した図書館を眺めながら、空腹を満たした。ばちばちばち。辺りには建築物とそれに調和しきらない自然があるだけだった。何をしに来たんだ、僕は。新幹線に乗って、一時間バスに揺られて、生協で昼食をとる。でも悪くないなと思った。新幹線に乗って、一時間バスに揺られて、生協で昼食をとる。悪くない。

沈黙した図書館の扉を押したり引いたりしてみたが鍵がかかっていた。まだ次のバスが来るまでは時間がたっぷりある。後方でバッタがばちばちばちという駆り立てる音を鳴らして、ある草むらからある草むらへと移動した。そこで何かが視界の端に触れた。足許のほうを見ると、扉の下にスズメが横たわっていた。模型だろうと思い込んでいたのだが、それは生きていたスズメだった。やれやれ、どうなっているんだ。新幹線に乗って、一時間バスに揺られて、生協で昼食をとって、スズメの死骸を手に取る。柔らかな羽毛を持つそのスズメを左手に乗せて、右手で手ごろな大きさの石で乾いた土を掘って、僕はそのスズメを埋めた。とあるスズメの移動の完結。ばちばちばち。

僕はやっと来たバスに揺られながら、沈黙したスズメを思った。

2008/10/28

自分が何をしたいのか、何になりたいのか分からない。分からないというより、ないといったほうが適当な気がする。腕を頭の後ろで組んで、天井を眺めながら考えた。これは今まで先延ばしにしてきた問題で、僕という人間の背負っている欠陥と呼んでもよいと思う。冷蔵庫の奥でかちんかちんに凍らせていた難題が、そろそろ進路を決めなければならないこの状況によって解凍されたのだ。僕はこれを考えるたびに自殺したくなる。考え煮詰めても答えはない。母に相談すると「大学に入ってから決めれば?」。先生に相談すると「大学でしたいことが分かる」。確かにそういう可能性があるかもしれない。でもそれでは駄目な気がする。大学に進学しても、数年後には悩むことになるだろう。僕には非常に完全にそれが分かる。僕はどこへ行く?そして、なぜ生きる。

2008/10/23

ずいぶん余白の美を極めてしまった(ジョークだと思っている)。その間、整理をしながら幾冊かの小説を読み返し、ブック・オフに 50 冊の書籍を売りに行き、ネットで電子工作のキットを注文して(土日にする予定)、路地にある映画館で二本立ての映画を観て、TSUTAYA で誰彼のベスト・アルバムを借りた。「さて、と」と言ってみたものの、この先に続く文章が考えられないでいる。明日の僕に「さて、と」のバトンをつなごう。

2008/10/15

街から離れた路地を夕暮れのなか歩いた。電信柱のトランスの奥で、夕焼けが見事すぎるグラデーションを空に描いていた。赤から青。中学の美術の時間を思い出す。路地には飲み会をするサラリーマンたちと、ステレオタイプな世間話をする老人がいて、雑居ビルのあいだから香港のにおいがした。僕は懐かしいことを思い出しながら、電線の行き着くところと路地を華麗にすり抜けるこうもりを眺めた。僕だけがその路地になじんでいなかった。やがて、軽快なギターストロークと元気さが乗った女性の歌声が聞こえた。

僕はその音源のほうへ向かった。近づくにつれて、その曲はつじあやのの「風になる」だということがわかった。「陽のあたる坂道を 自転車で駆けのぼる 君と失くした想い出乗せて行くよ」。その女性は公園に一角に設けられた小さな屋根付きの白いステージの上で弾き語っていた。公園には数組のスーツを来た男性と、花壇に座って新聞を読んでいる老人しかいなかった。僕は少し離れたところから、それを聴いていた。「陽のあたる坂道を 自転車で駆けのぼる 君と誓った約束乗せて行くよ」。

なんだか鳥肌がたって、少しだけ涙がでた。東の空には満月が出ていて、僕はそれを見詰めた。窮屈なビルのあいだにその完全な球体は浮かんでいた。まだ霞んでいる。僕は花壇に座って、しばらくその不思議な光景をただ眺めた。彼女は誰からの賞賛も必要とせず、ただ歌っていた。僕にはないポジティブさがそこにはあった。おいおい、どうしてこんな寂れた路地で歌っているんだ?その曲が終わる直前に、僕は涙をぬぐってその光景から離脱した。自転車に乗りながら、うろ覚えの歌詞を口ずさんだ。マンションの手摺からは輪郭が鋭い満月が見えた。今日は、綺麗な日だった。

2008/10/14

羽虫が飛びまわっている。ここ一週間、机上の蛍光灯に引き寄せられる二三匹の羽虫が常時僕を監視している。もしかしたら、超小型昆虫型ロボットでモニタに映像を送り続けているのかもしれないので、プライベートなこと(変身がとけてロバになる)は極力控えている。さて、この羽虫が僕の飼育しているウツボカズラのツボのなかにうじゃうじゃと溺れている。羽虫を気にする母はこれを見て、「あんたの食虫植物が羽虫を飼育して、食べちゃってるんじゃないの?」と僕に文句を言う。それはそれで面白いが、そんなことはないはずだ。羽虫はツボの内側にある蜜腺から漂うあまい香りに惹かれているだけに過ぎない。

羽虫とともに過ごして一週間が明け、やっと原因がわかった。カブトムシの卵を孵化するための飼育ケース(管轄は弟)のなかに、問題の羽虫がたくさんいたのだ。そして腐葉土は文字どおり腐った果物の臭いがする。そこから羽虫が大量に生産されていた、あるいは強い吸引力に集まっていた。母はそのケースを玄関先に放置して、「食虫植物がいなかったらもっと酷かったわね」と言った。さようなら、ツボのなかで眠る数百匹の羽虫。

2008/10/11

深淵に不気味に浮かぶ満月はどこかしら深海魚の眼光に似ている。前者の明るいときに汚れた大気を浄化するさまと後者の落ちてくる生物の死骸を食むさまもフィルタという機能が一緒だ。ふたつとも暗いとこから生まれる。そして人間も。よく女性(母、女の子)から「電気ぐらい点けなよ」と暗い部屋、教室にいる僕に提案するが、僕としては暗いところのほうが落ち着くのだ。だから彼女たちによって明かりが灯されると僕は殻を失ったカタツムリのように不安になる。おそらく羊水に浸かっていた記憶に起因しているのだろう。暗いところから生まれたのだから、暗いところで安心できるというのは理に適っていると思うんだけどな。

2008/10/07

歌うことより聴くことのほうが好きだし、自分の震わせた空気が自分の耳にだけ戻っていくというのは素敵なことだ(自転車に乗りながら軽く口ずさんだり)。また歌うことでストレスを発散させるのは僕にとっては難しいことで(試したが無理だった)、ストレスは発散というよりは蒸発というカタチで、読書やゲームにふけることで、それをゆっくりとまわりから溶かしていくことしかできない。要するに、僕にとってカラオケは性に合わないのだろう。自己誇示欲もないし。それに大勢(4 人以上)で何かをするというのは疲れる。

そもそも僕は読んだ小説、聴いた音楽、観た映画などの自身が経験したコンテンツを他人に知られるのがあまり好きではない。そういうのは、自身のうちに留めておくべきものであると僕は考えている。独占欲とはちょっと違う。自慢する(される)のが嫌いだし、それを知らすことで自分の顔に着けた仮面の下を覗かれるような思いがするからだ。だから、よほど親密な人間でないかぎりそういった情報を伝えることはない。だから赤の他人に待ち受けているのは、虚偽と僕のサービス精神だ。

2008/10/06

スリムが何よ。かれこれ数年、眠れるサーバ(年齢、住所ともに不定)に文字列を送信し続けているが、無駄だと判断したプロフィール、アバウトを削ったところ、この形態になっている。数年のあいだにリンク先のサイトが強烈なボディブロウのせいで(現実的には他界、多忙、多望、億劫、飽きたなどが考えられる)、数件更新不能に陥った。また不必要なアカウントは積極的に消去し、ブログ時代の文字列はすべて削除した。

―というワケで、限りなく単純化というかスリムになっている。このように時を経るごとに最適化されていくのだ。人間の身体もこれと同じで、だから髪は抜けていくのだと僕は諦めている。禿げたときのヘア・スタイルさえ間違っていなければ、禿げているのは恰好よくないものではない。しかし、世の中には禿げない人間もいるし、頭髪以外は伸び続けるという点だけが不公平だと口を曲げて神様に訴えるべきだ。

2008/10/04

例えばここに歯磨き粉に頼らずに歯磨きをするという選択肢がある。僕にとって歯ブラシに歯磨き粉を付けるのは、幼いときから確固たるものだったから、粉を付けずに歯磨きをした覚えなんてたぶんない。粒子がたまに変な挙動をとるように、いつだったか歯磨き粉なしで歯ブラシを口の中に突っこんでしまった。なんだか心許なかった。チューブに亀裂が入った自転車で遠出するように心許なかった。だからかもしれない。僕は普段以上に丁寧に歯を磨いた(と思う)。するとどうだろう、歯を擦るたびにきゅっきゅっと鳥肌が立つほどの高音がなるのである。これは爽快であった。5 分程度で歯医者に行く前の入念な準備に勝るほどである。それ以来、歯磨き粉なしで歯磨きをしている。

2008/10/02

強靭で太いバネの付いたパンダののりものに揺られながら、青すぎる空を眺めていた。濃縮還元オレンジジュース 100% をストローでちまちま飲みながら、ときどき前後に激しく揺らして腹筋で復帰する。馬鹿みたいだけれど、面白いのは確かだ。僕はときどき馬鹿みたいなことがやりたくなる。エンジンを最高出力まで上げて、塵埃を取り除くイメージだ。蝉が鳴いている。日差しは背中を暖める。足許の蟻は地上を這っている。「何してんの、帰るぞ」という友だちの声で僕は、馬鹿みたいな僕からフツウの僕に戻った。パンダののりものは馬鹿みたいな僕を乗せて、いつか途絶える振動を刻み続けた。

2008/09/29

3/4 日寝たが、とてもよい目覚めだった。僕が寝ているあいだに弟は学校で試験を受けて帰ってきたし、友達は自動車試験場で運転免許証を取得していた。「変なの」と呟いた。起きたあとの僕が寝るまえの僕と同一であることをうまく信じることができないからだろう。あるいは僕の意識が飛んでいるうちに、誰かが宇宙の隅で歯車を動かしていた事実に。寝床から抜け出して、寒すぎるぞと呟きながらトースタを焼き、しなければならないいくつかのものごとを処理する順番を考えた。そして僕は半日かけてそれを処理し、帰り道で迷子のインコに出会った。インコはスズメの群れに飛び込んでは避けられた。僕はしばらくそれを眺め続けた。「変なの」と思いながら。

2008/09/28

慣れない土地で中学時代の友人と待ち合わせた。修復工事が進められている歴史あるレンガ造りの駅舎の改札口で、僕は肩掛けバッグから新潮文庫を取り出して、彼が僕の肩をたたくまで読書に集中しようとした。しかし一段落読むごとに意識が途切れたので、そのたびに途切れなく無関心さを装ったさまざまな人種が吐き出される改札口を眺めた。無関心さを吐き出す改札口。予定時刻になっても現れなかったので、確認を兼ねてメールを送った。僕は再び文庫本と改札口を眺めた。

長針と短針の角度が 90-30/4 度進んでも彼は現れず、リプライもなかった。やれやれ、と思った。というのも僕は彼がまだ寝ていると確信していたからだ。僕のこの手の直感はかなり当たる。声を発するのが面倒だったが、電話をかけることにした。相手の状態が分からないまま、待つというのは不安になる。十数回の呼び出し音の後、寝ぼけた声で彼は、今起きたことを詫びる前に僕の声が低くなったことを指摘した。なんなんだ。

結局、待ち合わせ予定時刻よりも 1 時間遅れて彼はやってきた。その間、僕は頻繁に重心を乗せる足を替えて、文庫本と改札口を眺めた。あまりにも暇だったので改札口を出ると、ちょうどよく雲の切れ端から太陽光が降り注いだ。空は青く、雲は白い。この両者の色を決めた神様は偉大だなとさえ思う。高層ビルには雲が張り付いていた。そして 3 年ぶりに会う彼は、天然パーマがストレートパーマに変わっていることを除けば、薄らいでいく記憶のそのままだった。

特に行くあてもなかったので、駅の周囲を回った。歩きながら彼はじつによく喋った。この離れた土地で友達がいないことや、乱れている生活習慣、そして大学生活のギャップなどをじつによく喋った。こんなに喋る奴だったっけ、と僕は疑問に思うほどだった。僕は彼の話に耳を傾け、ほとんど相槌を打つ装置として存在した。うん、そうだね、なるほど。睡眠不足による思考能力低下が懸念される僕の脳みそでも、彼がいかに寂しい思いをしているかをひしひしと感じることができた。そして親しい誰かと話す機会がなかったんだろうと想像した。彼は堰を切ったみたいに話し続けた。彼が 20、僕が 1 ぐらいの比率で僕たちの会話は成立していた。

彼と会った後で、僕はかなりブルーな気持ちになっていた。聞き疲れたのかもしれない。砂漠だって降り続ける雨すべてを吸収できるわけじゃない。いつかは水溜りだってできるはずだ。思考過程が思い出せないけれど、僕がそのとき考えたことはそんなことだった。僕は彼を見送った。切符を買った彼は無関心な改札口に吸い込まれ、大衆という匿名性を纏った。もう彼と会うことはないかもしれないと心の奥底で思った。

2008/09/23

このところあらゆる気が抜け落ちている。ある喪失を原因として、元気、やる気、覇気、根気、生気といった成分が皆、僕から零れ落ちてしまっているのをひどく感じる。そしてあらゆるものに対する傍観が、世界をうまく映し出させていないらしく、なんにも感動しなかったし、世界がうすっぺらなものにしか捉えられなかった。僕は何も考えないように努めたが(海洋を漂うクラゲのことを想っていればいい)、そのものごとが起こったあとで、僕がひとつだけ考えたことはこういうことだ。ものごとは、なるべき方向にしか流れない。いくら僕たちが手を尽くし、注意を払ったとしても、結局はものごとの落ち着く場所は決まっているのだと。それは諦めと呼ぶべきものなのかもしれないが、うまく説明できないけれど、僕にとってのそれはそんな属性は含まれていない。――とりあえず、僕はさびしさと悲傷とを焚いて、とうめいな軌道を進まなければならない(宮沢賢治の詩より)。

2008/09/12

雨は空気中の微粒子を吸収し、闇は光の粒たちがいないうちに世界のほころびを修復しようと努めていた。綺麗だ。タオルの隙間から見える普段見慣れたはずの路地裏が、違う側面を見せていた。なんと言えばよいのだろう、その路地裏(世界)では、すべてのものごとがすべて取り替えられた異質な感じがするのだ。しかし、綺麗だ。偶然の積み重ねがだ。偶然にも僕は生きていて、偶然にも街灯が照らす路地裏に雨が降り、偶然にも広げた手のひらに雨粒が撥ねる。何を偶然と評価すればいいのか。何度も口の中で呟いてみた。雨は僕を撃ち、僕は雨に撃たれる。フィルタ越しの景色なかで。

2008/09/06

バス停で煙草をうまそうに吸っている男性が片手を挙げて「おっす」と言った。僕は彼が小学校時代の親友だと判断するのに、かなり時間がかかった。そのとき日々酸化する百貨店の柱のことを考えていたからだ。僕はブラックモンブランを持った手を軽く挙げ、挨拶代わりにした。「煙草うまい?」と皮肉さを含めて僕は言った。「すごく」彼は口から煙を出しながらそう答えた。僕は「煙草一本よこせよ」と言いたかったが、溶け始めたブラックモンブランが台無しになりそうだったので、遠慮しておいた。僕はブラックモンブランを齧りながら、彼は煙草を吹かしながら、お互いの近況を哲学書のページを捲るように少しずつ話し合った。そしてやがて彼は自動車学校のバスに乗り込んだ。「じゃ」と彼は言った。僕はブラックモンブランの骨格の位置エネルギィを上げて、それに応えた。小学校のとき三人で連るんでいた僕以外の二人は、煙草をとてもうまそうに吸っている。やれやれ、と思った。僕は三人でよく遊んだ川の橋の上から、白鷺を眺めて、骨格がささくれるまで噛み続けた。彼らがハゼを釣りあげる映像と、百貨店の柱に尿をかける犬の映像が重なった。

2008/09/02

忙しいと頻繁に呟く人間はどこかしら恰好が悪い。それはお前が忙しさの回避を怠ったからだ、と耳元で囁きたくなる。努力しても回避できない類の忙しさは仕様がないと思うが、たとえば学生であれば提出間際になってあくせくと課題を消化するのはなんとも頂けない。

そのように言えるのも僕が落ち着き(集中力)の足りない人間であるが故である。公の場ではなるべく細心の注意を払って大人しくしているが、机に噛り付いて勉強をするにしてもせいぜい 0.5 時間が限度だし、書籍も体勢を変え続けながら読むのが常だし、映画館の座席の座り方は 108 通り試したほどだ(誇張ではなく)。なにしろ今まさに、勉強に飽きればキーボードを叩き、キーボードを叩くのに飽きれば勉強に励んでいる状態だからだ。そのように、集中力が続かないわけだから、量の多い課題は早めに手を打って、こつこつと済ませるほかない。だから、あまり忙しいと感じたことはないのだ(誇張である)。

しかし、忙しい忙しいとあたふたする人間は恰好悪いと同時にどこかしら可愛さがある。萌え成分がそことなく含まれている感じがするのだ。この感覚をうまく他人に伝えるために、いくつかの比喩を考えてみたが、これというものが思い浮かばない。強いて言うならば、無垢な少女がそこに水溜まりがあると認知しているのに、突っ込んでしまって水浸しになり、母親に叱られるようなそんな感じだ。

2008/08/31

また夏が終わる。今まで 18 もの夏を重ねてきたが、ぼくにとって特別なものを発見できずにいる。それは排水溝に匿名性を得るために捨てられた煙草の吸殻みたいに、何処にでもあるけれどそこにぼくが価値を見つけられずにいるのか、もしくはふいに天道虫が手のひらにとまるような偶然性を孕んだものなのかは、わからない。やれやれ、ぼくは近頃似通った文章しか書いていないようだ。自動拳銃(オートマチック)の薬きょうが床に落ちる乾いた音の感触が、脳の中で響き続けている。カラン、カラン。

2008/08/29

性別不明の準肥満体型の韓国人(確率的に 99 パーセント)がフラフープをしていた。地上に直立しているタワーパーキングに囲まれた雑居ビルの屋上で、彼(彼女)は腰を左右に振っていた。フラフープはその腰の動きの一部に取り込まれていて、とても綺麗な図形を描いていた。しばらくその姿を見ていたが、いつまでたっても終わる気配がないので見切りをつけ、ぼくは冷蔵庫からミネラルウォータを取り出して(韓国では水道水は飲めない)、いびつなコンセントを差し込んだ電気ポットに注ぎ、しばらくの間宇宙語を受信している野球中継を眺めた後、沸騰した水でインスタントコーヒーを作った。コーヒーを啜りながら、路地の独特の臭いと人いきれをシャットダウンしている二重ガラスに近づいた。その性別不明の準肥満体型の韓国人はフラフープを二つ操っていた。わけがわからない。眼下に広がる路地裏を眺め、モーテルのほうに向かう男女を目で追った。雑居ビルの屋上に目をやると、その性別不明の準肥満体型の韓国人は消えていた。遠く離れた地で、彼(彼女)はたぶん今日も雑居ビルの屋上でフラフープをしているなんて、考えただけで笑えてくる。

2008/08/23

「ムダなものばかり欲しがって、足りないものはまだみつかんね―」。将来、何がしたいのか判らないのに、部屋から聞こえる蝉の音は減衰し、窓に吹く風はいくぶん涼しさを含み始める。季節は秘密裏に動き続けていることを思い知らされ、季節の節々に決まって感じるように世界に取り残される気がする。部屋には、あらゆる諦観がそこここに堆積し、地層が作れそうなほどだ。この世はときどき美しいと思える一瞬はあるものの、結局のところ、この世は天国のように地獄だ。

2008/08/17

泥水と同価値だったコーヒーが気付いたら飲めるようになっているように、成長するということは鈍感になるということなのだと思う。いずれビールがうまいと感じるようになるかもしれない。嫌いだったものが、許せるようにもなる(これは優しさと呼べるのか)。ランタンの移動によって生まれる、素晴らしい影の流動を眺めながら、コーヒーを啜るぼくは思った。虫のざわめきとランタンのガスが燃焼するノイズ、それに赤く燃えている炭のぱちぱちとはじける音が、聴覚を触れる。闇夜は輝いている。鈍感になっていくにつれ、感動も失われるだろう。でも、今のぼくの目の前には感動できるものが展開されている。今、が大事だ。生物というよりも機械に漸近しているぼくらのルーチン。寂しさを埋め続ける愛情。人間関係のほころびを修繕し続ける偽善。五感を刻み続ける歴史。失った童心だけ、生き続ける機構。そして、夏夜は過ぎる。

2008/08/11

便りがないのはよい便りと言いますが・・・(5 分経過)、ああ、駄目だ。**がないのはよい**だ、という他の応用例が舞い降りてこない。ぼくは冒頭の一行を考えてから、エディタに書き始める。普段(何に比べて?)のぼくならば、その冒頭に関連した事柄を整理しないまま箇条書きにして、コピペ濫用で意味のある文章に仕上げることができたのですが、ここ最近はうまくいかないのである。便通がないのはよい便通とは言わないし、生命反応がないのはよい生命反応とも言わない。夏期休暇ボケした皺が刻み込まれていないつるつるの脳味噌だから、思いつかないのだと思う。欠伸が伝染するほどつまらない近況を報告するのも、なんだか自慢をしているみたいで嫌だ。釣りをしたとは肛門が裂けても言えない。母の「甲子園は、オリンピックのせいで影が薄いから、球児は頑張ってるのに可哀相だね」という発言に、ぼくは「誰かに見られたいから頑張っているのではなくて、目標を設定して成し遂げるという、彼らの自己満足のために頑張っているから、別にいいんじゃない」と返したのだが、それはどうやら KY だった。殺してしまいたいほど、ゴミみたいな文字列をタイプしてしまった。

2008/08/07

「地球に優しい鉄道コンテナ」とペンキで描かれた貨物は、電車に牽引され、ぼくの目の前を通り過ぎた。ぼくはここのところ、夕陽が西から眩しく降りそそぐ風景のなかでそれを見た。それを見るたびに、ぼくがいる時間がはたして昨日なのか今日なのか明日なのか判らなくなる。そして、ぼくだけが時間に取り残されたように感じて、胸が締め付けられるほど切なくなる。ぼくは過ぎていった日々に何を残せたのか、ということを貨物列車とともに考える。そんなとき、夕陽だけがぼくという存在を癒しつづけている。

2008/08/06

ねずみが入ったカゴの中に、押すと餌が出てくるスイッチを用意する。そして、二種類の環境を設定する。押したら必ず餌が出てくるスイッチと、押してもたまにしか餌が出てこないスイッチ。その環境でしばらくねずみを飼う。ねずみは偶然を積み重ねてスイッチを押すと食料にありつけることを学習する。しばらく経った後、両方の環境を押しても餌が出てこないスイッチに変更する。すると、押したら必ず餌が出てくるスイッチで飼われたねずみは、すぐにスイッチを押すのを諦めてしまう。しかし、押してもたまにしか餌が出てこないスイッチで飼われたねずみは、スイッチを押すのを諦めようとしないのだと言う。

これは、ギャンブルに嵌る人間に当てはめることができる。当たったり、外れたりの繰り返しこそがギャンブルに嵌る原因だと言う。そんな話を聞きながら、頭の中で人格が違う二人のぼくと討論を交わす。良いことがあったり、悪いことがあったりの繰り返しこそが、人間が生きている理由そのものなんじゃないか、と。ぼくらは知らず知らずのうちに、生きることに嵌っているのだ。しかし、生きることは罪じゃない。けれど、若いぼくたちは死にたがる。まだ、ぼくらは完全に溺れているわけじゃないんだ、という反抗だ。

2008/08/03

自転車乗りとなるべく、往復 60 キロメートルもの道のり(ぼくにとっては驚愕するほどの距離である)を駆けてきた。舞台となる本州に渡るフェリーに乗船するまえに、携帯ポンプでタイヤの空気圧を調整しようとしたのだが、なかなかうまくいかずふにゃタイヤになるばかりで、かなり焦ることになる。そんなときにフェリーが着岸したのだが、その状況のぼくの脳内は、もう帰りたい、かまわず行っちゃえ、という葛藤が渦巻いていた。しかし、なんとか勇気を振り絞って(ぞうきんを絞るときの最後の一滴と同程度だ)、乗船し、乗船中にそのトラブルを回避することに成功した。

それにしても、いかんせん(いか漁船ではない)山口には坂道が多い。海月の水以外の部分を除いた程度しかないぼくの体力には、かなり響いた。上り道を懸命に(文字通りである)上っているぼくは、ぼくの持ち得るかぎりのネガティブさを発揮した。しかしである。下り坂を爽快と駆けるぼくは、ぼくの持ち得るかぎりのポジティブさを発揮した。前者のぼくは、ああ、もう死にたい、と何度もなんども呟いていたが、後者のぼくは、限りある未来をしぼりとる日々に希望が持てるほどだった。でも結局は、なんでこんな計画を立てちゃったんだろう、という後悔を背負いながら走り続けた。生きるのも同じで、なんで生まれちゃったんだろう、という動かせない過去を引きずりながら皆生きている。

この往復 60 キロメートルの道のりで、ほとんど感動することはなかったものの、走っているあいだにいくつもの思考の整理が行われた気がする。その大半はもう記憶の底から引き戻すことすら難しいが、うまく整理ができたことは間違いがない(だろう)。そして、この道程で、太陽が肌を焦がす匂いと、アスファルトが温めた空気の中を走るのがすこしだけ好きになった。

2008/07/30

日焼けしました。が、右腕は肘から 5 センチ上まで焼けているのに対して、左腕は肘までしか焼けていないのはどういうことですか。

2008/07/27

見捨てられた彼らを思うと、切ない思いに襲われた。どこかファンの回転音だけが聴覚をくすぐる涼しくて暗い部屋に設置されたサーバで、息を殺してロードを待っている電圧であり凹凸である彼ら。ぼくがそんな夢から覚めたのは夜中の 2 時 50 分。そして、枕もとにある中学校の修学旅行のとき浅草で買ったいささか効率の悪いうちわを扇ぎながら、夢を汚れた記憶の隅から引き戻そうと努力した。そうだ、ID だ。ぼくがいままで取得してきた ID たち。現在、使っているのはメールアドレスの彼だけだ。ああ、なんて可哀相なんだろう。早く彼らを解放してあげなければ―と 2 時 50 分のぼくは思った。

朝日の眩しさと暑さで目が覚め、新しい世界とぼくは対面する。ぼくはぼく自身から、流れ落ち、崩れ落ち、剥がれ落ちたぼく自身を取り戻すのに必死で、コーヒーが口からすこしこぼれたときにやっと夢のことを思い出した。そうだった。ぼくはパソコンを起動させ、ブログを書いていた ID も含めて(ログはとったが)、思い出せるだけの彼らを解放した。さようなら。けれど、ぼくが中学生の頃、いたずらに取得してきた彼らは依然として、まだ孤独でうら寂しいサーバに留まっているはずだ。ごめんなさい、思い出せなくて、と彼らに謝りたい。

2008/07/25

つまるところ、ぼくらは"壁の中の 1 個のレンガ"でしかない。ぼくが取り除かれたところできっと壁は崩れないだろう。だから、他人への影響力はほとんど皆無で(少なくともぼくの人生ではそうだ)、ぼくらが他人にできることはただ「ぼくは君が必要なんだ」と声をかけ続けるしかない、と思っている。ぼくらがどんなに慰め、励ましたところで判断をするのは他人で、ぼくらはその判断をありのまま受け止め、尊重しなくてはならない。そして、ぼくはそれをとても切なく思う。

2008/07/23

眠い。目の前の鮮やかな人工芝のうえで試合が繰り広げられている。湿気た太鼓と錆び付いたラッパメロディがドーム球場を被っていた。同じベクトルを向いている人々が声援を送っている。細かく砕かれた磁石を磁石で方向を整えたイメージをぼくに連想させる。ぼくは彼らのベクトル方向を-1 で掛けた存在に等しく、ただの消極的な傍観者でもある。そして、ぼくの周囲の人間は積極的な応援者である。でも、いくら積極的な傍観者ばかりだとしても、試合の内容にはなにも影響しないことをぼくは知っている。

そしてぼくはひどく眠い。周囲の人間がエネルギッシュなほど眠くなるのだ。ぼくの取るに足らないエネルギィは彼らに吸い取られてしまうのだ。マウント上のピッチャにピントが合わないし、さらに両目から送られてくる信号を脳がうまく処理できなくて二重に見える。忍法影分身投法。バッタが白球を跳ね返す乾いた音がするたびに、ぼくの体はぴくりと震え、その瞬間だけ意識が現実世界に舞い戻る。ぼくはアスパラガスを追いかける夢を虚ろ虚ろな世界の狭間で見ていた。くまはいじわるく、ぼくのアスパラガスを森の中に隠してしまった。

昔からこうだった。取り巻く人間がはしゃいでいると、必ずぼくに睡魔が襲ってくる。だから、盛り上がっている人間のなかに入ると、周囲との落差のせいで「なんだか冷めてるね」と言われてしまう。違うんだ、ただぼくは眠いだけなんだ。くまが隠したアスパラガスを探しているうちに、ふかふかの枯れ葉の山に飛び込んでしまっただけなんだ。くまのせいなんだ。

2008/07/21

レポートが手書きであっても一度テキストエディタに打ち込んで、それを見ながらレポートを書いている。脳内にある文字列をすらすらと書ける人間は尊敬してしまう。推考したものを推敲せずに遂行できるなんて驚きである。僕はバッファが足りないから、外部記憶装置を中継しなければ無理だし、それに何度もなんども漢字を間違えてしまうから、お手本がないとレポート用紙が修正ペン漬けになってしまう。

2008/07/19

自転車で旅行する予定なのだけれど、計画倒れになる前のやる気があるうちに昨日地図帳を買った(この一歩を踏み出せば、積極的ド・モルガンな僕でも実行に移せる確立が桁違いに跳ね上がる。大事なのは一歩を踏み出す勇気とか言うし)。あと自転車のタイヤを取り替えなければならないし、小型テントを買う必要がある。やはりものごとを向かえる段階が一番楽しい。夏期休暇課題をちびちび消化しながら、図書館で借りた小説をちびちび読んだ。電機店やゲームショップを巡って『MOTHER1+2』を探すものの、どこにも売っていなかった。押井守の『イノセンス』を観た。面白かった。

2008/07/18

地図帳を見るだけでわくわくする。学校で強制的に買わされた平板すぎる地図帳ではなくて、ツーリングマップルというその土地情報が詳しく記載されている地図帳だ。固有名詞をすぐ忘れる(覚えようとしない)から名前は思い出せないけれど、中学生のとき地理の授業で隣の席に座っていた女の子も地図帳を眺めながら同じことを言っていた。「ねえ、地図帳を見るのってわくわくしない?まるでその土地に行ってるみたいで」と彼女は言った。そして僕はたぶん「いや、ただ世界は広いなとか、人間の行動範囲は狭いなとか、けれど人間は他の生物よりかは移動という変化を許容できるからここまで生息地を広げたんだな、と思うだけであまりわくわくしないよ」と等高線と等高線のあいだを塗りつぶして、縞々模様を作りながら応えたと思う。でも今なら、彼女の気持ちが分かる。地図帳の目指すベクトルが違うからかもしれないけれど、地図帳には夢が詰まっていたのである。

2008/07/15

都市を被うスモッグが月光の輪郭を歪めている。月は釘で固定されたみたいに、確固たる存在として宙に浮かんでいる。深夜の大気は綺麗に整理整頓され、昼間の濁りはすでに消滅している。夜という掃除屋は、地球が回転するスピードに合わせて世界を浄化する。夜は生命活動の区切りでもあり、世界の美しい角度でもある。だから、夜が好きだ。

2008/07/11

深海に堆積した泥のように、多くの「何故?」が胸の奥に堆積している。いったい僕はどれだけの疑問詞を見捨ててきたのだろう。掬おうとしても指と指の隙間から逃げ出して、救えない疑問詞たちは舞い落ちて深海魚の餌となる。さようなら。「なんで?」と理由を執拗にせがむ子どもに戻れずに、あらゆるものへの答えを放棄する日々。こんなにも鈍感に。理由を知らなくても生きていける、という愛撫したいほど可愛い諦観。でも理由なんてなくても大丈夫だよね?恋人を愛するのに、理由がいらないように。――けれど、僕はそうやって、生きるのには理由がない、という理由を探し続けている。

2008/07/10

対 G 汎用決戦兵器ゴキジェットを駆使し、古生代石炭紀からの使徒 G と死闘の末、クローゼットに逃げられるという失態を演じる。小生、涙目である。クローゼットというジャングルに逃げ込まれては、こちらとしては手も足もでない(最初からゴキジェットでしか闘えない)。仕方ないから、クローゼットの隙間に布を詰め込んで封印処理を施した。いわゆる兵糧攻めである。

それにしても、最大限に回避能力を発揮した闘いだった。あの反射神経は小学生時代、嫌々参加させられたドッヂボールで、相手チームの小生に対する連続集中攻撃を華麗にかわし続けたときのそれに近い、と感じた。なにしろゴキジェットを G に噴射するたびに、G は小生の躰を目掛け、飛来してきたのだ。小生、奇声を叫びながらも(テニスなどのスポーツで渾身の一発を放つときと同じ属性と思われる)、G からのダイレクトアタックを二度ほど回避した。小生、頑張った。

そして一夜明けた今日、クローゼットの中に対 G 汎用箱型最終決戦兵器ゴキブリホイホイを忍ばせた。昨夜から奴はなにも口にしていないので、すぐにも喰らいつくはずだ。明朝、使徒 G の完全沈黙を確認した後、焼却処分の予定。

2008/07/08

現在、置かれている状況が幸せかどうかなんて分からないけれど、少なくとも僕は君の髪に触れているあいだは幸せだった。僕にとっては、日常生活に潜む微かな幸せこそが生きる希望だ。この幸せが燃料みたいに僕を活かし続けている。結局のところ、何かいいことがありそうだ、という未来に対する希望的(楽観的)観測だけが、人間を退屈な循環のなかで活かしている。「私は幸せになってはいけない」と君は言うけれど、どんな人間であれ他人(あるいは他の生物)を裏切り、蹴落としている。それがいけないことだろうか。僕らが幸せになるためには、そして生きるためには、綺麗なままじゃいられない。そして、僕らは遅かれ早かれ汚れなくてはならない。大人はこんなこと教えてはくれない。自分たちが醜い獣だと認めるようなものだから。幸せになるために、そして生きるために、子どものままの僕らは堕ちていく。

2008/07/07

―今まで僕に「元気?」と言われた人間に捧げる。確かに僕から「元気?」と訊かれたとしても、貴方が「いや、体調悪い」と応えたところで、僕は貴方の体調を治せないし、これには訊ねたあとの会話が続きにくいという弱点がある。失礼だった。これからは「元気?」という下品な挨拶から、「おはこんばんちは」を採用しようと思う。

2008/07/06

ザ・日記。7 月 6 日、快晴。7 時に携帯電話の目覚ましで目が覚めるが、夢の続きを追い求め、また眠りに就く。8 時に再び目が覚めるが、夢には手が届かず、「僕の夢はどこ?」と呟くが「それは現実の続き」と誰かが記憶の奥底で囁くだけだった。マンゴジャムトーストとブラックコーヒーで朝食を済ませる。9 時 30 分、返却する DVD といらなくなった書籍とゲームをリュックサックに放り込んで自転車で街中に。TSUTAYA と BOOK OFF に出向いたのち、書店で深海に関する雑誌を立ち読みする。そして 2 本立ての映画を年代ものの映画館で観る。公園で梅おにぎりと白くまアイスを蟻に給餌した。くたびれたブーメランのように帰還して、干していた布団を回収して 20 分間昼寝する。冷えたジャスミンティーで喉を潤しながら、布団の上でごろごろと小説を読みふける。18 時にカレーを食べたのち、スーツを量販店で購入する。他に特に記すべき事項なし。

2008/07/05

めっきりテレビから離れてしまった。唯一見るのは日曜 19:30 からの「ダーウィンが来た!」である。しかし、同じ動物番組でも「動物奇想天外」は駄目である。「動物奇想天外」はまず出演者が邪魔。クイズも邪魔。それに似た種類の動物同士を競わせたるのは意味がないし、不運な境遇の動物に投げかける「可哀相」というコメントに吐き気がする。必死に生きている姿は美しいのに・・・。それに比べて「ダーウィンが来た!」はもう最高である。だが、霊長類の生態の放送は嫌いだ。おそらく人間があまり好きではない、という理由に起因している。お笑いも全然面白くない、と感じる。食事の時間に受動的に見る「3 の倍数に馬鹿になる芸人」に家族はげらげら笑っているけれど、そんなに面白いか?きっと皆は「いないいないばあ」が好きなのだ、とは思っているが・・・。他にはニュースとスポーツに対する興味はどこへやら。雑学番組は展開が鈍すぎる(雑学本を読んだほうが明らかに早く、情報量がある)。まあ、9 時からある映画は CM の時間と家族からの干渉を我慢する価値がある映画、と判断した場合は見る。

2008/07/03

人間って、独りでいるときのほうが優しくなれるのはなんでだろう?よく他人から「**君は優しいね」なんて言われてきたが、そうではないと僕は思う。ただ、そのように他人と接していれば、僕は最低限しか傷つかずに済むということだけで、結局のところ自分のためである。いわゆる処世術に近い属性だ。他人の前での"優しさ"は、本当の"優しさ"ではなく、欲望とか、自己満足とか、そうしないと居心地が悪くなるといった種類が混ざった濁っている感情がすくなからずある。けれど、本当の優しさとか、偽者の優しさなんて誰にも分からない。少なくとも僕は、独りでいるときに自分は優しいと感じる。夕陽が美しいなとか、子猫が可愛いなとか、そういう自分のための素直な気持ちを抱けるのは優しい証拠だと思う。

2008/07/01

祇園太鼓だ、喧しいのは。何で喧しいかというと、馬鹿みたいに同じリズムを繰り返すのである。これは眠りに付こうとする僕の脳内にある地底湖に恐ろしく響き渡る。

普段は鍾乳石から水滴が自由落下する、ぽたんぽたんと心地よいリズムが流れているのに、誰彼がそこで太鼓を叩きだすのである。ドドン、ドドン、ドドン。閉鎖した空間である地底湖のあらゆる壁面に太鼓の音が反響し、頭痛がするほどのノイズが僕の生命活動を邪魔する。心地良く耳に残るリズムではなく、心地悪く耳に残るリズム。もはや拷問に近いのでは。

窓ガラスを閉め、布団を頭から被る、という抵抗をしても駄目だ。地底湖に誰にも知られずに生息していた古代生物は影を潜め、鍾乳石の成長が止まる。しかないから、音楽を上乗せして太鼓の音を消す努力をしている。目には目を、歯には歯を、である(使い方が違う)。外で太鼓の音が鳴らなくなったあとも、砂を頭から被ったらいくら頭を掻いても砂が零れるみたいに、太鼓の音はまだ耳の中に残留している。

2008/06/29

・週末の目覚めはなんだかすこしだけ狂っている。目覚めた瞬間は頭の中に深い霧が立ち込めているらしく、一切の思考を許さない沈黙している状態から始まる(目は覚めているが、脳は覚めていないのだろう)。言葉さえ思い浮かばないうちに、15 分程度の浅い眠りにつくことになる。そして再び目覚めたときは、ちゃんと今までの自分に戻る。きっと躰が目覚める前に、離脱していた精神を躰にインストールする手続きが必要なのだけど、僕の躰が目覚めたときに違う人間の精神がインストールされていたことが発覚し、躰の電源を強制的に切ったあと、僕の精神を僕の躰にインストールし直し、躰を再起動したからだと考えられる。

・プログラムがうまく動作しないのは、自分に落ち度がある。現実でものごとがうまく運ばないのは、その 2/3 が外的要因だ(少なくとも僕の人生では)。それに比べれば、プログラムの欠陥はすべて自身の欠陥を反映しているものだ。だから、うまく動作しなくてもなんだか許せてしまう。現実においては、人間は総じて不平・不満を他に向けているものだけれど、プログラムにおいては、まるで楽器と深く会話をするように自分自身に問いかけている。

・固有名詞が思い出せない。中学生のときに習った歴史なんて壊滅状態だし(歴史に興味がないから)、友だちの名前なんて殲滅状態である(他人に興味がないから)。今、思い出そうと努力してみたけれど、小学生・中学生のときの友だちの名前(もしくは苗字)は合計 9 人ぐらいしか思い出せず、フルネームとなると 3 人が限界だ。その人物の雰囲気はなんとなく覚えているけれど、名前となると駄目だ。ゲームに出てくる登場人物の名前は文字という記号の"形"でしか覚えられないし・・・。

・他に特に記すべき事項なし。

2008/06/26

空気に蹴散らされ奇跡的に生き残った赤い光は、都市高速道路とビルの間を窮屈そうに堕ちていこうとしていた。この光景を見るたびに、太陽が神(絶対神)に近い存在だ、と思える。醜い人間が創りあげたちゃちな宗教よりもだ。僕の前方には夕陽がふたつあった。堕ちる夕陽と、ビルに反射する夕陽。綺麗だ、と感じる。僕は空を見上げ、夕陽に視線を戻し、幸せなあくびをした。友だちと街を歩きまわった後で疲れていたのもあるし、それに太陽を見ると何故なのかあくびやくしゃみがでる。

黒と白の模様を着込んだ猫がこちらを見ていた。僕は傍に近付き、しゃがんだ。水晶玉のように澄んだ目は、僕を映している。ビルに反射する夕陽のように。僕は手を伸ばし、猫の耳の後ろを掻いた。幸せそうに目を閉じ、掻いている僕の指にすこし体重を乗せ、「もっと愛撫して」とばかりにせがんでいるようだ。ごろごろと喉を鳴らした。猫は満足したのか、ゆっくりとした足取りでそこを離れた。僕は立ちあがり、夕陽のほうに向かう。振り返って、猫を見ると幸せそうに大きなあくびをしていた。

僕は将来、夕陽を見ながら誰と幸せなあくびをするのだろう、ということをすこしだけ考えた。

2008/06/24

女子高生が僕を追い越していった。彼女の躰に纏いついていた香水の微粒子が、彼女が押しだした空気を媒介して、僕の嗅覚を刺激する。颯爽と駆け抜けていく彼女の姿をぼんやりと眺めながら、ほこりのが積もって色褪せが進んでいる記憶が一瞬でクリアになる感覚がした。その匂いは、幼い頃住んでいた香港のタイ・クー・シンにある、30 階建てのビルディングを 4 つ抱えるほど巨大なデパートの中央にある、スケート場を見渡せる吹き抜けの 2 階にあるアロマ店を思い出させた。アロマ店で売られていた、柔らかくて丸い透明なゼリー状のカプセルに、その匂いは入っていた。何故だろう、不思議な気持ちがする。失くしたと思っていた大切なおもちゃが、ふと見つかるように懐かしいような、柔らかいような、優しいような、暖色系をイメージさせる気持ちだ。ありがとう、僕を追い越していった娘。

2008/06/21

雲の夢を見た。そこに浮かんでいる雲は、あらゆるものを被いながら、かたつむりのように腐った地面をゆっくりと這っていた。それは人間を飲み込むと人間の形に、建築物を飲む込むと建築物の形に、電車を飲み込むと電車の形になった。そして、ある周期で静電気をちかちかと吐き出しながら、街の汚れを溜め込みながら、ひたすらに進んでいった。

雨が降り始める。ふと、彫刻刀が湿ったアスファルトに落ちていることに気付いた。血は流されなくてはならない。それを手に取り、片方の手首に当てる。アスファルトに爆弾のように流れ落ちる血。ぽたぽた。鮮血が雨粒を、雨粒が鮮血を穿った。血が腐った地面を濯ぎはじめる。やがて、手首から血が流れなくなり、雨が血を取り除いた。かわりに手首には傷跡が残った。これが、生きている証。

雨が止んだ。今では、雲は空の上澄みだけをすくいとったように浄化されていた。

2008/06/17

一人称を僕から小生に変更してみる。体育で団体競技があった。子どもの頃から、憎んでいるものだ。小生が運動音痴であるばかりに、多くの人間を機嫌を損うのだ。小生が体育が嫌いな原因は、すべてここにある。チームプレイなんて吐き気がする。まだ個人競技なら、たとえ失敗しても、「ああ、上手くいかないな」と処理できるのだが、これが団体競技になると、失敗したら、「お前、何やってんの」という冷たさを含んだ視線をひしひしと感じることになる。

しかたがないから、いつも小生が被っているのとは違うペルソナを用意する。短い溜め息をつけば、絶えず笑顔を浮かべて、いかにも楽しそうにプレイする小生を作ることができる。これは中学校のときに学んだ。こうすれば、最低限しか傷つかずに済む、と。そして、ペルソナで防御し続け、団体競技が終わるのをひたすら待ち続ける。まるでただ春を待つつくしみたいに。ついに団体競技が終われば、小生はまた短く溜め息をつき、普段の小生に戻る。

学校じゃあ、こんなことばかりだ。ペルソナの交換。馬鹿みたいに、違う自分を演じ続ける。そして、だんだん本当の自分が見えなくなっていくのだ。でも、もともと本当の自分があるのかどうかさえ、怪しいものだ。もしかして、本当の自分も演じているのかも。

2008/06/16

小雨が空を踊っていた。遥か上空から降下してきた水滴は、アスファルトに張り付いている。せっかくだから地の底まで行ってみたかったのに、という彼らの文句が聞こえる。地上も灰色に染まっている。僕はその中を自転車で駆けた。泥除けが付いていないから、水溜りを避ける。空中に停滞している雨粒が身体に纏わり付く。きっと雨粒は僕の形に抜き取られただろう。

加速。眼鏡に雨粒が付き、雲を抜けてきた陽光が屈折し、網膜に映る景色が濁る。髪が濡れ、服が濡れ、靴が濡れた。でも、なんだか楽しくなってきた。何故だろう?エンジンが取り替えられたみたいだ。フル・スロットル。雨粒たちが身を寄せあう水溜りを撥ねる。分散。さらに加速。不自由さから離脱。エレベータを引けば上昇しそうだ。灰色の壁面を飛び越え、汚れを知らない青さに身をゆだねる。

濡れることが楽しかった。なんだか子どもみたいじゃないか、と僕は笑った。そして、久しぶりに自分のためだけに笑った、と遅れて認識。ああ、可笑しい。母親に怒られると分かっていながら、水溜りに足を突っ込んだみたいに。

2008/06/13

脳内メモリィは底を突いた。日常生活では、面白いことが減ってきているから(だから老人はいつも面白くない顔をしているのだろう)、日記を書くとしたら、どうしても思惟したものをアウトプットすることになる。そして、吐き出し尽くした感がある。何度もなんども頭を捻っても、浮かぶのはオオカナダモの原形質流動とか、落ちていた彫刻刀で手首を切る夢とか、畑にひとりで残された案山子の心境とかだ。しかし、このような何もない状態にある今は、チャンスであると僕は思う。乾いたスポンジは多くの水を吸収できるから。

2008/06/08

航空障害灯と蛍の光。どちらも柔らかく優しさに似た明滅を繰り返している。前者は宙に留まり続け、後者は宙を舞い続ける。赤色と黄色の異なる波長。人口と自然。電気と酸素のエネルギィの相違。まったく違うものから創られているのに、何故こうも似たイメージを僕に抱かせるのだろう。

僕は両者を見比べて、完全な闇から懸命に逃げようと試みている街の空を眺めた。そして目の前の蛍に視線を戻す。蛍はわけのわからない軌跡を描きながら、僕の服にしがみついた。ここじゃなかった、と言わんばかりに、蛍はすぐに飛び立ち、またわけのわからない軌跡をお尻を明滅させながら描いた。なんとなく蛍光に手を伸ばしてみたが、僕の手の先でそれは淡い闇に消えた。

ガードレールに腰がけながら、しばらく航空障害灯を眺め、短い溜め息を吐きだす。奇妙なものだ、と思う。退屈凌ぎに、この一週間の記憶を掘り返してみる。ストリップ劇場がある性欲に満ちた裏道から出てきた、笑顔に満ちた小学生三人組。早起きして出会った、うどん屋から漂うだしの香り。思い疲れた。かえるが喉を鳴らしている。虫たちが空気を振動させている。聞き疲れた。僕は走り出す。走るために生まれてきた。光るために生まれてきた。求愛するために生まれてきた。

2008/05/27

試験勉強にもいささか飽きてきた。どうせ勉強なんて退屈凌ぎだ。こう考えれば、芸術も音楽もスポーツも趣味もただの退屈凌ぎの装置に見える。事実、そうなのだろう。まあいい。まあいいという言葉はだんだん僕の口癖になりつつある。

動物園の檻に閉じ込められたゴリラのように無気力で鬱な日々が続いているが、これはすでに僕の通常状態と呼んだほうがいいような気がする。僕が無気力で鬱ではない日があるのかが疑わしいからだ(ないと思う)。だから、僕は一日に何回も短い溜め息をし、諦観・諦念に満ちた生活を起きて寝るまでただ繰り返している。まあいい。

2008/05/26

近所の川にある魚道にサッカーボールが漂っているから弟が取りに行っているよと母が言うからしょうがねえ手伝ってやるかと僕は思いクローゼットのなかに押し込まれた釣竿を手に持ち母と一緒に川に向かったのですが弟はすでにサッカーボールを蹴りながらこっちに来、なんなんだよ釣竿なんか持ち出して気持ち悪い死ねなどと言われた日にはやはり死ぬしかないなと思いましたがなんとか持ちこたえることができました。生きているのも死んでいるのももはや奇跡としか言いようがないなと思えました。

その足でもうひとりの弟が友達と野球をしているので夕食を知らせるために僕たちが公園に歩いていくときに釣竿を伸ばしたり縮めたりしていると縮まなくなったのでこれはやべえと思い力の限り押し込んだら釣竿の下のほうにあるゴムがぽーんと抜けて坂道を転がり落ちていくのを追いかける僕はまるで小学生のときに読んだ童話みてえだなと内心思いながらゴムを探しましたがとうとうありませんでした。残念でした。

公園で派手にこけた大きいほうの弟を尻目に僕は公園の隅にある背の低い鉄棒で身を丸めながら懸垂を 10 回し筋肉痛になる予感を感じながらこれまた公園の隅にある葡萄と推測されるこじんまりとした木のつたがうまく這うように奮闘する僕の姿を見て母はなんだか老人の趣味みたいねと感想を漏らしそういえば先週も友達にそんなことを言われたなと僕は思い出しました。小さいほうの弟の友達も派手にこけて膝から怒涛の如く血が溢れていましたが僕は無関心を装い家に帰る途中で釣竿のゴムを見つけました。

2008/05/23

遠くに見えるラブホのネオンを眺める。なんだか、その派手なピンク色は、ぼくよりも確固として存在しているような気がする。すこしだけ炎色反応について思惟し、ステレオでビートルズを流しはじめる。窓からは涼しい潮風が流れ、奇跡的に空気を伝わって船の鳴らす汽笛が聞こえる。ぼくはその音が子守唄の女の子のことを考えたあと、かつて住んでいた土地を思い出そうと努力した。「デ―――イ・トリッパ―」

缶のプルリングを手前に引き、炭酸のはじける音がなる。ぼくはコーラを飲みはじめる。ここに裸の女の子がいたら完璧なのに・・・、と想像をめぐらす。「最近、まるで生きている気がしないんだ」とぼくが呟くと、裸の女の子は横髪を耳の後ろにやり、ぼくの胸に耳を当てて「ちゃんと、生きてるじゃない」と微笑みながら言う。そしてぼくも裸の女の子の胸に耳を当てて「ちゃんと、生きているみたいだな」と言う。素敵だ。

ぼくは希望とか目標がないのに生きていけてる――今はまだ。転がる石も同じことを考えているかもしれない。転がらなくてもいいのに、なんでおれは転がっているんだ?生きなくてもいいのに、なんでぼくは生きているんだ?転がる石は憂鬱だ。ぼくらは時の旅人でただ時間を歩んでいるだけなのだろう。「デ―――イ・トリッパ―」

2008/05/20

明確で単純な目標が欲しい。目標さえあれば、なんとか生きつなげられる。なんとか明日に希望を見出せる。以前の僕には確かにあったけれど、もうその目標には飽きてしまった。そうして考えるうちに、この欲求が恋に落ちる要因だろう、と気付いた。うまく言葉で表現するのは難しいけれど、たぶんそうだと思う。言葉は不自由だ。

2008/05/15

輪郭がぼやけた月を見上げ、肺の許容量限界まで息を吸い込む。そして肺にあるすべての空気を吐き出す。それを何回も繰り返す。僕は自動販売機でコーラを買い、街灯を反射する川の流れを見ながら、コーラを飲む。川面が月光を反射している。すこし考える。太陽の光を反射し、月は光っている。訂正。川面が太陽光を反射している。僕は短い溜め息をついた。空に浮かぶ月を見上げる。川面に浮かぶ月を見下ろす。なんだか、不思議だ。月は何処にある?

2008/05/10

雨降りの夜に車を運転させていると、深海の底を這うナメクジのような気持ちになるのは僕だけだろうか。

2008/05/09

静かに雨が降る日は気持ちが安らかになる。僕はキャスタ付き回転椅子をすこしだけ開けた網戸のそばに滑らせる。マンションの駐輪場のアルミ屋根をぱらぱらと叩くそのノイズを、僕は目を閉じて聞いている。そしてどこか遠くで誰にも知れずに降る雨たちに思いを馳せる。

喩えば、熱帯雨林に静かに降る雨のことをまず考える。雨が大地に音もなく吸い込まれていく様を思い浮かべる。あるものは青々とした葉に弾かれ、あるものは太い幹を流れる。次に、波の穏やかな海を叩く小雨について。押しくら饅頭に敗れた雨粒が、雲からそっと降下。加速度がだんだんと上昇、最後は一定に。そして水面を叩く。波紋が広がる。そんな想像をいろいろな角度から僕は眺める。

飛行機の窓を流れていく雨粒。車のライトで浮かびあがる針のように鋭く伸びる雨粒。香港の公園のゴムで出来た床に染みこむ雨粒。そして駐輪場のアルミ屋根を叩く雨粒。なんだか世界の神秘にすこしだけ触れているような気がする。ベッドで横になって好きな人の髪の毛を指先でくるくるともてあそぶような、そんな優しい気持ちに雨は僕を導いてくれるのだ。

2008/05/08

ゼンマイで動く玩具みたいに、ある程度移動すると、ゼンマイの蓄えている力をうまく推進力に変えられずに停止する。そして、すこし衝撃を受けるとまた玩具は動き出す。ここ一年のぼくの生活はそんな感じだ。ある周期でぼくはとても死にたくなるときがある。駄目だ、とか、違う、と何度も独り言を呟いてしまう。

けれど、幻想に近いものを信じ込んで、なんとかぼくのゼンマイはもう一度推進力を得る。

きっと今日と明日は違うだろう。きっと生きていて良かったと思える日が来るだろう。そんなこと誰が保証してくれるのか。そんな疑問を呑み込めるほど、ぼくは強く出来てはいないと思う。現に今までだってそうだったではないか。だんだんゼンマイは錆びてきたのかもしれない。矛盾を呑み込めずに。

ゼンマイがなかなか動かないとき、ぼくは誰かに殺されたいと強く思う。自殺するのはなんだか、ぼくの抱いているイメージとは若干違うような気がする。誰かに見守られて――まるで生まれてくるときみたいに――誰かに殺されたく思う。なるべく痛みがなく、なるべく考える間もなく。スイッチを切るみたいに。

従うために生きるのでもなく、働くために生きるのでもなく。生きるために生きるのでもなく、死ぬために生きるのでもなく。じゃあ、何のために生きるのだ。きっと生きるなんて、目的もなく、理由もなく。何のために生きるのでもなく。

いつかぼくのゼンマイが壊れてしまう日まで疑問は回る。

2008/04/29

某古本屋で 22 冊ばかりの単行本と文庫、それにゲームソフト 2 本を売りにいった。なんとなく部屋を整理したかったからだ。ゲームソフトの買取の際には身分証明が必要なのですが、と店員に言われた。僕は財布から免許証を取り出す。すこしだけ大人になった気がする。しかし、これは買取できませんとはじかれた本が 2 冊あった。

綿矢りさの"蹴りたい背中"と何らかの本だ。僕はこれにはある程度、納得した。というのも番号札の呼び出しを待っているあいだ、小説の棚をぶらついていたのだが、ある棚に"蹴りたい背中"がかなり売れ残っていたからだ。これは致し方ないことだろう。

だから僕は店員から 2600 円を受け取り、その売れなかった 2 冊をリュックに詰め込むと、次に違う古本屋に行くことにした。店内に足を踏み入れると電子ブザー音が響いた。あたりは日焼けした書物の匂いに満ちている。店員と思われる奥のほうにいるおばさんは、電話口に向かって世間話をしている。

僕はそのおばさんの方に近づいた。そこで僕の存在を認めた彼女は(たぶん電子ブザーは聞こえていなかったのだろう)電話の相手に断りを入れ、電話口を手でふさぐと、何か用ですか、と言った。なんだか態度が悪いなと思いながら、僕はリュックから 2 冊を取り出し、買い取ってもらえますか、と最近練習している爽やかな笑顔で言う。古い本だから買い取れないよ、と彼女は言う。そうですか失礼しました、と言葉を残しその店を去る。

僕は言いたかった。"蹴りたい背中"が古いのならば、ここに置いてある本はジュラ紀からあるんじゃないですか、と。でもあまり面白いジョークだとは思わなかったし、ふだんから僕は自分の意見をあまり口にしない性分なのだったから、結局は言わなかった。

リュックに 2 冊を詰めたまま、次の古本屋に向かったが、そこは閉まっていた。これはもう持って帰るしかないな、と諦めた。家までの帰路の途中でコンビニに寄り、アイスクリームを買い、近くにある閑静な公園でベンチに座り、それを食べた。公園には将棋を指しながら、ラジオを聞きながら、酒を飲みながら、煙草を吸っているおじさん二人がいた。

アイスクリームを食べ終えるとなんだか"蹴りたい背中"を読もうという気になった。僕は地球の呼吸する音を聞きながら、ページを捲り続け、しまいには最後まで読んでしまった。ふむ、悪くない。そして、不思議なものだな、と思う。もしも"蹴りたい背中"が売れていたなら、僕はもう二度とこれを読まなかっただろうから。本を閉じ、空を見上げると(最近の癖になっている)、2 羽のつばめが僕の上空を滑るように飛んでいった。

2008/04/24

電車の最後尾のドア付近に寄りかかりながら、小説を読んでいる。終点に近いからか、座席には人影がまばらだ。クラスメイトが寝ている。ふだんと同じ風景、同じ時間だ。もうこの光景をじつに 3 年も見続けてきた。小説を読むのに飽きると、しばらく窓から見える山の稜線を目でなぞる。今日は山の緑がはきはきとしている。

下車すべき駅が近づいた。僕は鞄の中に小説を片付ける。そして、空気によって段階的に青みを増していく遠くの連なる山々を眺める。視線を近くにもどし、朝日でまばゆく照らされる民家の瓦をぼんやりと眺める。すべての風景が見慣れているにもかかわらず、僕はこの風景のことが好きだ。

電車の加速度がマイナスになる。そしてゆっくりとホームに滑り込んだ。肩に鞄の重みをあずけ、すこしだけ歩を進め、振り返って忘れ物をしていないか確認する。大丈夫。僕はすこし背を屈めながら、開いたドアを通り過ぎる。この 3 年でかなり背が伸びたなあと実感する。

そして、なんとなく居心地の悪い感覚が僕を襲う。なんだかいつもと違う。僕は車内を見る。するとそこにはまだ眠り続けているクラスメイトの姿があった。いつもなら起きているのに――。いつもと違う、と思ったのはこのことだった。

僕はなかば反射的に車内に戻った。そして無意識の深淵に落ちているクラスメイトの足元を僕は強く踏み鳴らした。一回、二回。トゥルルルルと発車を告げる合図が鳴り響く。僕はクラスメイトの膝に強く平手打ちをした。ぴくっと彼の身体は震えるのを合図に、彼はこっちの世界に戻ってきた。彼はだんだんこっちの世界に適応していこうとしていたが、僕はぐずぐずしていたら間に合わないと判断し、僕だけが閉じていくドアに向かって走り、僕だけがホームに降り立った。

ようやく状況が呑み込めた彼は、閉まっていくドアにさぞかし残念そうな顔をした。そして僕に向かって敬礼をした。僕も彼に敬礼をした。なんだかスリリングな朝だったと、僕は遠ざかっていく電車を眺めながら思った。

2008/04/23

僕には明確な夢や目標が欠けている。今でもそうだけれど、その傾向は小学生のころからあったように思う。

小学校の卒業文集に<将来の夢>を載せることになり、友達は配られたわら半紙にすらすらと<将来の夢>を書いていた。僕はどれだけ頭を捻っても、将来の夢なんて思い浮かばなかった。ただスーツを身に着けている姿しか想像できなかった。悩んでいた僕に友達が「発明家になりなよ」と言ったのでとりあえずそう書いただけだ。

――ずっと自分が目指すべき夢や目標を見つけるために必死だった。そしてまだ自分がほんとうの自分自身にさえなれていない気がする。だからまだ成長過程なのだと信じている。そしてただ僕はできることをなんとかやっているだけで余裕もない。

僕は将来のことがよく分からない。この前、話の流れで僕は女の子に将来のことについて聞いてみた。そして君も同じように将来のことは分からないと言う。僕はすこし安心した。将来の夢とか目標はみんなまだなんにも分からないんだ、と。ただはっきりとしているのは、まだ僕らの目の前にはあまりにも長すぎる時間が横たわっているということだ――たぶん。

まだ何も分からなくていいから、ただ歩いていこうと思う。

2008/04/20

<**です。メールアドレスが変わりました。登録の変更をお願いします。>というメールがじつに二日間に二通も届いた(しかもその文句がまったく同じという点がまったく困ったものだ)。そのうちの一通は、昨日、僕が映画館でスウィーニー・トッドを観ているときに届いたから困りものだ。ジョニー・デップが訪れる客の頚動脈をどんどん捌いていく残酷であり軽快であるシーンに携帯が振動したのだから。

鳴らずの電話と云われている僕の携帯電話にメールが来るのは比較的に急用が多い。喩えば、担任からのお知らせとか、女の子からとか、「俺の携帯どこにあるか知らないか」といったものだ。ゆえにこれは急用だと判断した僕は、他人の迷惑にならないように、小学校の時に負け越した裁縫針に糸を通すくらい慎重に、光が漏れないようにメールを確認したところ、上記の内容のメールだったんである。

スクリーンに目を遣ると、もうジョニー・デップが頚動脈を切るシーンは終わっていた。送信主に激しい怒りを覚えながら、僕は携帯の電源を落とし忘れたことを反省した。それにしてもこの送信主は、3 ヶ月ごとにメールアドレスを変更している節がある。彼とはあまり深い交遊条約を下関で結んでいないのに、こうも僕の私生活を邪魔されては困る。

それに二通めの送信主とも僕はあまり親しくない。なにしろ彼について覚えていることは、彼のマッシュルームヘアをからかった記憶しかないからだ。というわけで僕は彼らのメールアドレスを涙を飲みながら(親知らず周辺のたるんだ肉を食事中に噛んでしまった)、デリートした。これで僕のアドレス帳には 3 の 3 乗のアドレスしか記載されていない。もっと圧縮すればたぶん 3 の 7 倍までは可能だと思う。

シンプル好きの僕としては(ディスクトップにはゴミ箱しかないほどだ)、これはとてもいい傾向だと言える。淡白だと思われるかもしれないが、交遊なんて赤子の出鼻を挫くほど簡単に途絶えるものだし、頑張って抱え込んでいれば、僕と交遊のある女の子のように「携帯電話会社を変えて<メールアドレスを変更しました>というメールを送ったら、10 人も届かなかった」という涙涙溢れるは涙の事態になりかねない。

人間はひとりでも自分を理解してくれる人がいればそれだけで生きていけるし、わずらわしい人間関係に土日を潰されていては、とても天気がいい晴れた日に乾した布団で昼寝をすることができないのである。

2008/04/16

ときどき空からは、秒速 5 メートルで雨が落ちてくる。それは僕の眼鏡に奇跡的に舞い降りて視界をさえぎる。灰色一色に染まった膜に被われ、その青さを隠してしまった空を僕は見上げ思う。何度もなんども空を見上げるたびに僕は哀しい気持ちになる。それが顔をあげることすら眩しくて叶わない、青の絵の具を少量の水で隙間なく塗りつけたような空であっても、まるで太陽の陽が差さない惑星の裏側を想像させる深海の底のような空であってもだ。空は確実に何かを失ってしまう予感を孕んでいる。空は喪失感を僕に思い出させる。僕は何年か後もこうして空を見上げているのか――と疑問を自分の内に投げかける。

2008/04/13

僕はこの一年半、必至に変わり続けようとした。この一年半のあいだに、僕は百冊ほどの本を読み、いくらかの映画を観て、必至に勉強に励んだ。またこの一年半のあいだに、僕はいろいろなことを考え、部活動を変えて一眼レフで写真を撮り、精神的に強くなろうと努力した。

でも僕は、あいかわらず僕のままだった。ただ仮面を被っただけの僕だった。僕は、以前の僕の欠けた部分を継承している僕だった。僕は本質的には何も変わっていない無価値な人間だった。そして僕は他人を傷つけていると同時に、自分を傷つけ続けていた。

何が正しくて何が正しくないのか。何処かに答えがあると探し続けていた僕が昔には在ったが、けれど今の僕にはその曖昧さを呑み込めるようになっていた。それだけが唯一の成長だったと思う。

そしてそれを理解できた今、ひとつだけ傷つけ続けた歴史を終えることができた。でもそれは不確かな土壌のうえにあるものであり、守り続けなければいけないものだ。バランスが取れている状態が普通ではなく、むしろバランスが取れている状態は特別なものだ。変わり続けるのを止め、守り続けることを始める。

2008/04/08

僕はうまく世界に馴染めないでいた。というのも僕のクロックと世界のクロックが合わないと感じたからだ。好きなものだけを抱え込んで、嫌いなものからは逃げてきたのが原因かもしれない。

校長講話は、夢だとか努力だとか財産だとか、「そんなの小学生のときから、ずっと聞かされてきたよ!」と叫びたくなるほど聞き飽きたフレーズを延々と話すもんだから、僕はとてもいらいらした。クラスルームの騒がしさにもいらいらしたし、注意されても騒がしさが収まらないのにもいらいらしたし、いちいちいちゃもんをつけるのにもいらいらしたし、激しい自己主張が飛び交うことにもいらいらした。

それでも僕は無理をしてでもこの世界に合わせていかなければならないのだろう。僕はただ好きなものだけを抱えて生きていたいだけなんだけど、世界のさまざまな干渉によって僕の保持していた(自分で言うのもなんだが)純粋さが汚れていくのだ。

2008/04/07

机に足を乗せ、椅子に溺れるように座り、ただ読書に耽る。その姿勢に疲れると今度は、椅子の上に両足を乗せて腰掛ける。そして回転椅子の悲鳴を聞きながら、見慣れた部屋の風景を回転しながら眺める。気が散っているのか、同じ文章を何度も繰り返し読んでしまう。読む行為に飽きるとちょっと勉強をしてみたり、ノートパソコンの電源を入れたり消したりする。それにも飽きるとまた読書を始める。ただ、そのルーチンの繰り返しだった。

2008/04/04

顔を会わせるたびにさ、「どこに就職するのか」と訊いてくるんだからな、僕じゃなくてもうんざりすると思うんだな。なにしろ、僕が「専門学校に通ってんだから、それを活かした分野に就職すると思う」と会うたびに話してもさ、ばあちゃんは決まって「公務員が絶対良いから」という結論を無理矢理押し付けるんだからな。まったくこれには参ったね。

2008/04/01

僕は正直者なので嘘をつけません、という嘘はありですか。

2008/03/31

絶え間なく過去へと押し戻されながら、僕は一日を過ごした。現在に生きていながら、過去で生きている動物になっていた。一番古い(と思われる)記憶を掘り起こし、ガラスの向こうで降りしきる春雨を聞きながら時計の針を進めていく。しかし 5 分程度で記憶が尽きてしまう。個人だけが保存するメモリィは、こんなにも少ないのかと愕然とする。が、人間はそもそも能動的に何かを思い出すのは、体験的に不向きだと感じる。

僕の場合、「こんな状況、前にもあったな・・・」と疑問に思ってから、僕の意思が介入できない場所で瞬間的に記憶が巻き上がることがある。砂漠に風が吹き、埋まっていた化石が見つかる感覚だ。日常生活に潜んだ鍵を手がかりにした記憶の見付かりかただ。それが良い記憶にしろ、悪い記憶にしろ、それがまだ砂漠の下でも生きていることにほっとする。そして思い出せた日はずっと、その記憶を口の中で弄び続ける。忘れないように、味を焼き付ける。

たまに自分がどこで生きているのか分からなくなる。

2008/03/28

タグの使い方が不適切なところを修正しながら、過去の日記を読み返した。すると僕は、現在進行形で変化を続けているんだと気付いた。ただ代わり映えのしない日常を送っていただけなのに、ここまで考え方、生き方が変わるものなんだと気付いたのだ。過去の日記には、(今はもうない)昔の僕のアウトプットが記されているが、今の僕には思い付きもしないものばかりだ。そしてまた、昔の僕には思い付きもしないことを今の僕は考えている。そこに在ったのは、確かに僕という人格だったけれど、それはもう僕ではない。僕はもう僕ではない。君はもう君ではない。君の記憶に住む僕は、僕ではない。

2008/03/25

書くことが何もないときは何も書けません。

2008/03/24

同じ小学校に通っていた彼女と会った。僕が彼女のことについて知っている情報と言えば、緊張したら顔が赤くなる、というものだ。授業で先生に当てられるたびに、顔を真っ赤にするのでリンゴとか夕焼けと呼ばれていた。彼女は、TSUTAYA でアルバイトをしていて、僕が途中で飽きた DVD を返却したときの担当が、彼女だった。

はじめは気付かなかった。が、店員の名札を観察する僕の癖でその女性が、同じ小学校に通っていた彼女であることを気付かせた。彼女が「ありがとうございます」と言い、僕の顔をまじまじと見たときに、彼女の表情が変化した。思考を巡らせている表情だ。そして何かを言いたそうな顔になった。たぶんその瞬間に、僕が誰であるかを認めたのだろう。

だが僕は、客として「どうも」と言うと階段を下りていった。僕は訪れる春の気配を感じながら、過ぎていった日々を懐かしんだ。彼女も今は、思い出に浸っているだろうという気配も感じながら。

2008/03/23

自分の認識が他人と酷くずれていると、僕は戸惑うことになる。どう自分の中で主観的に、あるいは客観的に考えても、他人の認識が理解できないとき、他人と自分は違う生物なんだと感じる。個人には、個人の正しい、正しくないが揺るぎない土台の上に存在している。それなのに人間は、なんの疑いもなしに、自分の正しいを他人も有していると考えがちだ。

2008/03/06

日記を書く暇がない(暇があったらポケモンをしているからだ)。春休み満喫中である。殆どの友達は、追試に追われているが、僕は日頃から努力していたから、幸いにも追試から逃れることが出来た。春休みに入ってから、あるアニメーション監督の作品の虜になったり、学校の図書館で借りた小説をちびちび読んだり、科学雑誌で光合成の仕組みを理解した(つもりになった)り、自動車学校で意気消沈したり、外国語を学ぼうと思ってみたりした。また、最近は自宅警備員の仕事をすることを命じられたから、僕がどれだけ多望な日々を送っているかは容易に想像がつくだろう。

2008/03/01

空間的なものが、友好関係に大いに関係している。時間的なものよりもだ。未体験だが、遠距離恋愛の難しさもこれに起因しているのだろう。バスの車窓から、卒業式で花束をもらったと推測される制服姿の彼、彼女たちを見ながら、そう思った。

奇跡的にも同じ空間にいたということが、友好関係を築いている。だが、その空間から一度離れてしまうとかつての友好関係はほとんど残っておらず、逆にどんどん遠ざかっていくばかりだ。不可逆変化。これは、なんとなく天体の運動に似ている。奇跡的にも似た軌道をともに描いていたけれど、気付いたときには両者は届かないほどの距離にいる。軌道はもう変えられない。

僕は恥ずかしながら小学校、中学校の時に思いを寄せていた彼女たちのことを考えた。もう彼女たちとは、僕は完全に違う場所にいる。そしてそれぞれ違う道を歩んでいる。そして確実に彼女たちには、もう会えないだろう。

夢で会いましょう。

2008/02/29

椅子の上に体操座りになり、イヤホンを耳に填め、ビル・ゲイツの理想通りに机の上に置いたノートパソコンで借りてきた CD を聴いたり、DVD を見るだけの日だった。時々、思いついた些細なことをメモ帳に書き留めた。良い天気だったから一眼レフを手に取り、外へと飛び出してみたものの、物事に対する視点が不安定だったから、いい構図のものは一枚も撮れなかった。小説は読む気にならないし、ましては勉強もする気にならない。とりあえず自分を磨く何かをしよう。大丈夫。生きている。

2008/02/28

時間とともに様々な感情は消えている。どんなに大切なものであったとしても、気付かないうちに、そこには掴むことが叶わない"何か"しか残らない。失うことは、変化だ。季節は、次の季節に足掛かりと作り、それを終わらせる。蜻蛉は、水で生きる術を捨て、空へ飛び立てる羽を得る。また、それらは美しいものであると同時に、儚いものである。確かにそうかもしれないけれど、僕らは、失うことで次へと活かしているだろうか。答えは、風の中に吹かれている。

2008/02/27

・車校。配車券に印刷されている車番の車に乗り込もうとしたが、すでに中には先客がいた。「間違えてませんか?」と訪ねると、彼も同じ車番が印刷されている配車券を持っていた。受付へ苦情を言い、無事に車に乗ることが出来たが、機械のセマフォ(排他制御)がうまく動かなかったのかなと思った。

・上から落ちてきた(留年した)M という人がいる。彼は、授業の間ずっと机に伏せて、両足を貧乏ゆすりしている。学食で昼飯を食べているときに、僕が「あの貧乏ゆすりはクロックだよね」と話題を振ると、友達は「あれが彼の CPU で、片足 2 ヘルツくらいだね。それが両足だから 4 ヘルツ」と言うと、一緒にいた 3 人が同時に「デュアルコア!」と叫んだ。

2008/02/24

期末試験中、何のために勉強をしているかといえば、勉強をし終えた達成感に浸かりつつも、暖かい布団に浸かる喜びを得るためだった。というのは単に自分を納得させるための理由である。他にも勉強というベクトルに向かわせるために、理由を用意している。喩えば、エアコンを付けたまま勉強するときは、無理矢理に環境問題のことを考えて、なんとなく重いものを背負いながら、それを弾みに勉強するというものがある。さらに、春休みが来るという一筋の希望を頼りにしていた。このように、嫌なことをやるには、やはり自分を騙す理由が必要だ。

2008/02/22

期末試験が無事(?)終了し、怠惰なテスト返却が済めば、優に一ヶ月を超える春休みが来る。これまた怠惰な春休みを送るのを容易に想像できるが、自動車免許取得で少しは忙しくはなるだろう。それに加えて、近所の小学生に算数を教える契約を結んでしまったので図らずも充実したものになろう。

2008/02/12

理解する勉強から、ただ暗記するだけの勉強(作業)に移ったときに、飽きが生じる。ただ暗記するだけの作業は、僕の中では勉強とは呼べない。ああ、試験勉強はなんて過酷な労働なのだろう。

2008/02/07

一週間ほど前から、通学に駅まで自転車を使用するようになった。バスで駅まで出向くのは往復で 360 円かかっていたが、自転車はパーキング代 100 円しか必要としない。一日で 260 円も儲かるという寸法だ。さらに、必要時間は自転車とバスではそんなに変わらない。

ところで、駅までの最短ルートには水商売(水道局でも、水族館でもない)が建ち並ぶ場所を抜ける必要がある。ここ数日で水商売の店名を考えるセンスが鍛えられた。ところで、朝 8 時でも、夕方 6 時でも、店の前に男の人が立っている。きっと、客を呼び込む仕事をしている人だ(と思う)。

そして、今日は嬉しいことに(?)、帰宅する際に自転車で駆けていく僕に、店の前の男の人から「どうですか~お客さん~」と声をかけられてしまった。そして「いやあ、今日は止めておきます」などと言ってしまった。日が沈んでいたから、僕が制服であることが気付かなかったのだろう。よく分からないけれど、大人の階段を一段昇ってしまった僕であった。

2008/02/06

空を見る。宇宙につながるその空間を凝視する。すると僕の立っている場所が恐ろしく不安定になる。すぐに僕はピントを電信柱で羽を休めているカラスに切り替える。恐怖から逃げるためだ。カラスの何気ない仕草で僕は、確固たる安定を得る。

何故、空はあんなに深いのだろう。いつ眺めても空は僕に怖さを植えつける。美しいと思う瞬間はあるけれど、やはり空の深さは僕を孤独にする。空を見るたびに、上昇気流に乗って帰ってこなくなった紙飛行機みたいにどんどん昇っていく気がする。そして、上昇し続けることに終わりはないのである。これは星空でも僕を同じ気持ちにさせる。

きっと無限の恐怖が僕を包み込むのだろう、となんとなく解釈している。思えば、小学生の頃に、両足の間から顔をのぞかせたときの空は怖かったし、中学生の頃に、塾の屋上で寝転がったときの空も怖かった。高校生になってからも一緒だ。ただ、恐怖を感じても僕は空を見上げることを止めることはない。空は、怖いのについつい乗ってしまうジェットコースターのようなものなのだ。昔も今も、そして明日も。

2008/02/02

「よし、勉強しよう」と誰かに宣戦布告するのであるが(使い方が違う)、勉強が手に付かないというか、居眠りをして手にペンの形が付くことはあるけれど、机に座っても勉強をすることなしにパソコンの電源を入れ、無駄なサーフィンで時間を無駄にする。「世界中の机上にパソコンを」と謳ったビル・ゲイツが悪いのか、僕の頭が悪いのか判断に迷うところである。

そうなのだ(突然何を)。勉強がはかどらないのである。午前中はなんとか善戦だったが、午後になると防戦一方になった。たぶん勉強に飽きてきたのだと思う。そこで自転車で脱兎の如く現実逃避しようと目論んだのだけれど、あいにくの雨と身の毛がよだつ寒さで、玄関のドアを放った 0/5 秒後にまたドアを閉めた。やはり、アドレナリンは侮れない。

仕方がないのでウルトラマンセブンの鶏冠のように戦場(机)に戻っても、まつのたく勉強する気が起きもしなくもなくもなかったのですが(肯定か否定か理解不能)、ここは「ファイト一発!」と奮起して勉強に取り組んでみたのですが、あまりのレベル差の前に打ち拉がれるのだった。

2008/02/01

自転車を走らせているとある種の覚醒状態になり、思考が加速する。喩えば、おならは空気よりも比重が重いから肛門から排出されるのか、点字ブロックに視覚障害者向けの音声ガイドを埋め込むのはどうか、自転車が横に倒れないのは前方向のベクトルが強力だからなのか、について今日は考えた(くるくる)。この種の状態は、散歩をしているときも同様だ。歩きながら疑問がふつふつとニキビのように湧いてくる。しかし、そこで生じる疑問の答えに決着をつけることは稀であり、大抵はすぐに忘れてしまう。

2008/01/29

この頃、キーボードを叩いていたり、マウスを操作していると、指先がかちかちに凍ってしまう。北側に大きな窓ガラスがあるためだと睨んでいるが、睨んでも眉間に皺がよるだけである。窓ガラスからの冷気の侵入を防ぐために、被うように分厚いカーテンをかけてみたが、そのおかげで太陽光がちっとも入らなくなり、照明に頼らなければ部屋を歩くことができなくなるなど、あまり良い点は見受けられなかったが、普段よりぐっすりと眠れるようになり、あまりの心地のよさにたびたび遅刻をしそうになるなど、やはりあまり良い点は見受けられなかった。仕方がないのでエアコンに依存している。この時期、エアコンがないと勉強もままならない。

2008/01/25

ここ 3 日間は「寒すぎる」と何度も呟いた。すると呟くたびに"寒すぎる"をかたどった水滴が目の前に現れた。最近は、なんとなく溜め息を吐く回数が増えたし、細かい雪が道路に落ちるときの音(それは僕に妖精が踊るイメージをもたらす)を好むようになったし、幼いときにに比べて季節の変化に鈍感になっている自分をふと感じる。

2008/01/22

日記に記録する価値のあることを思いつかなくなったので、視点を変えていく必要があると感じている。多くの日記書きが陥るように、アイデアが枯渇しているのだ。偶発的な出来事を待つのでなく、自分が変わることで新しい"何か"を生み出す必要があると強く感じている。だが最も確実に最も露骨に最も決定的なのは、最近の僕はあまり考えなくなったから、日記が書けないということだ。

2008/01/21

郵便定額小為替を買う必要があったのですが、4 時 5 分に郵便局を訪れ、「郵便定額小為替 500 円分ください」となんとか噛まずに言えた、「やったあ」と歓喜のあまりに涙がぽろりしていたのですが、受付嬢から「スイマセン。小為替ノ受付ハ 4 時マデトナッテオリマス」と言われ、「え、駄目なんですか?」と無理も承知で頼んだのですが、「エエ」という返事が返ってきました。

「加えて土日も休みなんじゃ、営業時間短すぎじゃね?」と言う文句が洗濯機に入った洗濯物のようにぐるぐると脳を占領していましたが、回転が鈍くなった脳を必死に働かせると"学生は郵便局で小為替を買うことができない"という結論に到りました。

郵政民営化で何が変わったのか僕は知らないのですが、働く時間が多様化している現代に合わせた営業スタイルをとるべきだと思いました(作文風)。

2008/01/14

我慢は限界に達した。犬が煩すぎる。向かいの家で飼われている犬の鳴き声がウォンウォン煩いのだ。昼間は特に元気で、遠くの犬と何時間も吠えあっているし、サイレンを聞くや否や狂ったように吠える。こうも煩いとエアガンで狙ってみたくなるのは無理もないことだろうが、"生類憐れみの令"で罰せられるから無理なのである。

気にしないように努めても、勉強は手に付かないし、イヤホンを耳に填めても聞こえてくる。しかし、今の今まではそれを乗り越えてきた。つまり今日の僕には、犬の鳴き声が聞こえなくなるほどの集中力がないということだ。我慢に我慢を重ねることで、人間は大きくなる。我慢に我慢を重ねることで、何事にも動じない精神力を鍛えることができる。犬はウォンウォン吠えながら、僕にそう教えてくれている(わけねえよ)。

2008/01/13

仮免許を取得した。運転操作はとても上手くいったが、技能試験後に担当教官から「スピードが出せるところは出したほうがいい」と念を押された。そこは僕の性格が顕著に現れている。慎重すぎるのだ。慎重すぎるから失敗するのだけれど、その慎重さはいままでの経験則から自然に身に付いたものだから、慎重さを捨てると今よりもっと失敗の数が増えるだろう。

2008/01/12

パソコンに向かう暇がなかった。明日、仮免許を取得するために勉強に励んでいるからである。それにしても今朝は緊張した。前日が失敗続きだったから、昼から行われる技能教習"みきわめ"が"良"を取れるのか心配だったからだ。下痢で 1 時間ほどトイレに閉じこもったが、それは緊張のためでなく前日食べ過ぎたせいだった。いざ車に乗るとなると緊張は和らぎ、普段どおりの運転が出来た。まあ、こういうものだろう。学校の試験でも同じようなものだ。試験を受ける直前はあんなに緊張するのに、いざ試験となると緊張は吹き飛んでいる。緊張することよりも、目の前の課題に集中するのに精一杯なのだ。

2008/01/03

泥のような生活を送っている。飲食と睡眠だけで僕は構成されている。懐かしい人間からメールが届いても無視し、テレビで流れている特別番組は全然面白くないし、トイレに行くのもクソ面倒(だからクソ面倒なのである)なのだ。ナマケモノに生まれていたほうがより適切だと感じる。

2008/01/01

今年は余すも 365 日です。鼠のように隅を這う生き方を目標にしようと思う。ちなみに届いた年賀状は 0 枚、受信した年賀メールは 2 通(一人は中学生時代の友人、もう一人はジョジョに狂った友人からだ)。やはり、年賀状が届かないというのは気楽である。いざ年賀状が届いてしまったときは、何を書けばいいのか一日迷ってしまう。「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」だけではどことなく物足りないと感じるし、自分の近況を語るのもおこがましいし、さらに普段顔を合わせない人間に対しては、今年は"よろしく"する予定があるのだろうかと疑問に思ってしまうのだ。まあ、年賀メールもかなり悩むのだけれども。