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世界で唯一の哲学者へ僕が贈る言葉

誰もが頭の片隅に封印している問題として、「なんで生きているのか」というのがある。

これは、世の中の子どもたち(あるいは大人たち)が、誰だって考えたことのある問題で、人類が誕生してから延々と悩み継がれているテーマである。

そんな問いは僕の周りを観察するに、大勢にとって人生のある時期に一時的に悩んだ後、お腹一杯食べて寝たら忘れる類のものだし、それについて問うことはタブーな感じがする。そんなブログ記事なんて見たことないし。

でも、僕は高校生(高専生)の頃、その悪魔の囁きみたいな問いに魅せられてしまった。魅せられたと書くと恰好良いけれど、少し悩みすぎたとか、躓いたという表現が合っている。

高専 3 年に本格的に悩み始めて、高専 5 年までのまるまる 3 年間、朝起きてから夜寝るまで、「なんで生きているのか」という単語が頭の中でぶんぶんと羽音を立てて飛び回っていた。前述したように、大半の人にとっては、お腹一杯食べて寝たら忘れることだと思うのだけれど、当時の僕は、馬鹿みたいにとことん考え続けた。お陰でかなり陰鬱な高校生活を送ったものだ。

僕の思考は、たいていこのようなイメージから始まる。ビッグバンで最初の原子が生まれて、彼らが集まって、星が出来る。太陽系にある地球は生命のスープを湛え、やがてそこに雷が落ち無機物から最初の有機物が生まれる。有機物は遺伝情報である RNA から、その二重鎖である DNA という形になり、宇宙で初めて経験値という概念が生まれた。そして、泣きたくなるほど長い年月をかけて、通学のためにモノレールに揺られながら思考する僕という人間が生まれる(当時、モノレールで高専に通っていた)。

そういう宇宙の物語の中で、とてつもなく小さな存在でしかない僕は、なんで生きてるんだろうなという疑問を常に抱くのだ。

これは哲学だと思って、図書館にある哲学書を紐解いてみたけれど、僕にとって一番大事な答えは載っていなかった。そこにあるのは、言葉の定義で揉めている哲学者の言葉だった。ただ哲学者が互いの揚げ足をとる言葉遊びが並んでいるだけだった。時間とは? 空間とは? そういう議論は心底どうでも良く、哲学者が、あるいは僕たちが真剣に考えぬかなければいけないのは、「生死」に関するテーマだと思った。

これまで死んだ多くの人間が考えても解らない問(おそらく僕たちも答えることが出来ない問)を考えることこそが、世界で一番残酷であり、世界で一番美しくもあり、考えぬくべきものだと思った。

だから、自分だけが世界で唯一の哲学者になった気分で、僕は毎日を過ごした。

そんな「なんで生きているのか?」という答えがない問いを抱えて、僕はたぶん貴重な青春時代を 3 年過ごした。本当に陰鬱な毎日だった。ただひとつ自殺しないというルールを決めて、人生の深淵をとことん覗いた。

何をするにしても「なんで生きてるんだろ?」という問いで塗りたくり、消極的な日々を過ごした。だって、それを言ったらすべてが無為に塗り替わる最高位スペルだからね。

当時、ホームページを持っていたので、その時の気持ちをなんとか言葉にして、ボトルメールみたいに誰かに発信し続けた。生きていること、死んでいくこと、その苦悩がその日記に詰まっている(たまに読み返してみると、当時の僕は天才だなと思う)。

そんな感じで自分だけが世界で唯一の孤高の哲学者になった気分でいたのだ。そして、寿命で死ぬまでこのことを考えていくんだろうなと諦めていた。正直、そんな疑問を抱えずへらへら笑って生きていける人が羨ましかった。

けれどある日、あまり上手く言葉には出来ないけれど、なんだか世界ががらりと変わった。これも一種の諦めだと思うんだけれど、この答えのない問いを考え続けることを素直に受け入れようと思った。

まるまる 3 年練り込んだ最強のネガティブさをバネにして、とことん人生を楽しんでやろうと思った。人生はただの暇潰しであり、馬鹿みたいに無意味なのに、遺伝子の最適化ゲームのただの乗り物である僕は、とことん人生を楽しんでやろうと思った。不思議な感じだった。

そんな感じでネガティブさを持ったポジティブな僕が生まれたのだ。

答えなんてないのに、それでも諦めずに答えを探し求めることしか、僕には出来ないと諦めたようなそんな感じだ。言葉で表現すると恐ろしく空虚だ。

結局、遠回りしてその問いを棚の上に置いている感が否めないけれど、思い返すとネガティブに悩み続けた時間は無駄だったとは思えない。僕にとって、人生における必要な準備期間だったと思う。

たぶんこの世界のどこかにいる当時の僕と同じ問いで悩んでいる人に向けて、この記事を書いたんだけれど、なんだか過去の自分を慰めるためになった感があるし、うまく纏まらなかったし、こういう問いってそもそもこういうものだろう。

だから、同じく悩んでいる人がいたら、自分の言葉でとことん考え続けよう。自分の言葉で考えるしか腑に落ちないからだ。哲学書(僕はあまり読んでないけれど)・小説などあらゆるジャンルに亘る書籍を読み漁ろう。あるいは、他人と議論しよう(僕には、幸運にもこの問いについて議論できる女の子がいた)。そんな感じで自分の考えとぐちゃ混ぜにして、そこから言葉を拾い上げよう。そんな感じでいいと思う。

誰も真面目に考えないタブーに挑む君の、武運を祈る。