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捕食者なき世界

ある波打ち際のゴツゴツした岩場に種類豊富な貝類が生息している。その貝類の天敵はヒトデで、その食欲旺盛な生物が岩場を這った後には、中身のない貝殻が転がる。その貝類の中にはとても珍しくて、ここでしか見られない種が存在したとしよう。あなたはその貝を守るために、岩場に胃袋を満たしにくるヒトデを拾って遠投して、その貝を守る仕事を始める。そして、1 ヶ月後、あなたが守ろうとしたその貝は、文字通りヒトデの長い腕から逃れられたにも関わらず、その岩場から姿を消しているどころか、岩場には 1 種類の貝しか存在しなくなっている。

ヒトデは明らかな捕食者であり、あなたのその仕事は確実に身を結ぶはずだったが、何が問題だったのだろう。実は、その種類豊富な貝類の中には、ほかの貝を食べる種が生息していた。ヒトデが幅を利かせていた時は、その種の生息数は一定数を割ることがなく、食べられる貝の数が限られていた。しかし、頂点捕食者であるヒトデがいなくなったことにより、次の捕食者である貝が優勢になり、他の貝を食べ尽くしてしまったのだった。

このように頂点捕食者が欠けると、その環境の生物多様性は失われることがある。このような事例は世界中で起きている。狼を人間の生活圏から追い出した結果、狼に怯えていたシカが大繁殖し、山を丸裸にすることがある。高価な皮のためにラッコを狩り尽くした結果、ラッコのお腹の上で砕かれていたウニが大発生し、海藻の森を食い尽すことがある。そして、捕食されることのない人間は、この星を食い尽くそうとしている。

捕食者なき世界 (文春文庫)捕食者なき世界 (文春文庫)