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眠りから覚めたときに、喉が乾いているだとか、布団に閉じ込めた体温が心地よいだとか、そのようなことを思い浮かぶのと同じ瞬間に、この体を動かしている僕という意識は八時間前のものから続いているのだろうかという疑問が解凍される。僕という意識は、目が覚めるちょっと前に生まれて、都合のよい記憶を植え付けられて、この神経の張り巡らされた肉体という機械にインストールされただけなのではないか。そのような妄想を高校生の頃から繰り返している。

この意識というシステムが進化のどの段階から生物に搭載されたのかは分からないが、他の生物よりも意識を持っている(と思われる)人間が生物界の頂点に君臨していることを考えると成功している進化だと言える。しかし、意識を持っていない(と思われる)昆虫の種多様性を考えると、成功しているのか失敗しているのかよくわからなくなる。人間は意識というソフトによって、昆虫はクチクラ(羽にも関節にも内・外骨格にもなる)というハードによって、繁栄している。

さて、恥ずかしい話になるのだが、自分の意識にいまいち自信を持てない僕は、他の人に意識があることを信じられない。ある機械が知的かどうかを判定するチューリングテストを合格した肉体が、僕と話しているのでは、とひとと話すたびに思うのだ(もちろん違うと思うが)。

また、意識がこの地球上で何百億回もインストールとデリートを繰り返してきたことが信じられないし、僕はこの意識を通じてしかこの世界にアクセスできないのも信じられないし、意識が肉体の限界を迎えた時に無くなってしまうことも信じられない。無くなってしまうことを怖いとは思わないが、寂しいと感じる。いつかは消えるのだ。太陽が寿命を迎える時にすべての意識は消える。

そういうことを目覚めるたびに想像してしまうから生きるのが大変だと感じる。もっと別のこと(今後のキャリアとか、身に付けるスキルとか)を考えるべきなのだが、地球の引力に捕らえられた悲しい月のように、これらの問いは僕を掴んで離さない。月は地球のために輝きたいだなんて思っていないだろう。

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